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92話 王女様は怖い?

 翌日。

 儂はサリーと共に、再び変装して城下町へ来ていた。


 休暇二日目。


 本来ならもっと静かに過ごしてもいいのだけど……

 昨日の指切りげんまんを思い出してしまうと、どうにもじっとしていられなかった。


 こういうのは約束した側が忘れてはならない。

 あと……

 儂自身、楽しみにしているのだろう。


 宿屋の前へ着くと、入り口を掃除していたリーナがこちらに気づいて、ぱっと顔を輝かせた。


「あっ、アリーだ! やった、また来てくれたんだね」

「うむ、約束したじゃろう?」

「遊ぼう!」

「それはよいが……仕事はよいのか?」

「あ、そうだった!」

「遊んできていいわよ」


 儂の来訪に気づいていたらしく、母親が現れた。


「掃除もだいたい終わっているから、後は私がやっておくわ」

「やった! ありがとう、お母さん! それじゃあ……」


 リーナは笑顔になって、でも、考える。


 ちらりと、こちらを申しわけなさそうに見る。


「でも……やっぱり、私のお仕事だから。アリー、ちょっとだけ待っててもらってもいい……?」

「うむ、もちろんじゃ!」


 しっかりとやるべきことをやる。

 途中で投げ出さないリーナには好感しかない。




――――――――――




 三十分ほど待って、リーナの掃除が終わり。

 それから儂とリーナは、宿の裏手にある小さな庭へ出てボール遊びを始めた。


「いくよー!」

「来るがよい!」


 キャッチボールだ。


 ただボールを投げ合っているだけなのに楽しい。

 謎の魅力がある。


 ちなみに、裏庭にいるのは儂とリーナだけ。

 サリーも一緒に来るかと思いきや、


「お邪魔しているのですし、宿の方をお手伝いしてきます」


 と、両親の方へついていった。


 妙なところで気を使わなくてもいいのだけど……

 とはいえ、幼子のように遊ぶ儂を見ると、あやつはちょっとおかしくなるからな。

 いなくて正解なのかもしれない。


 なんて、ちと酷いことを考えつつ、ボール投げをして。

 それから、木登りをしたり花を摘んだり。


 色々と遊んで、しばらくしたところで、リーナが庭の縁にぺたりと座る。


「ふう、ちょっと休憩ー」

「うむ」


 儂も隣に座る。


 穏やかな風が心地いい。

 空は青く、空気も澄んでいた。


 ……平和じゃなあ。


 ふと、リーナが思い出したように言う。


「そういえば」

「うむ?」

「アリーって、なんでおかしな喋り方なの?」

「む」


 来たか。

 ついにその話題が来てしまったか。


 いや、まあ、来るよな。

 普通に考えれば、八歳の幼女が、「のじゃ」とか「じゃのう」とか言っていたら誰でも疑問に思う。

 子供なら、なおさら、ストレートに疑問をぶつけてくる。


「あー……物語に影響されたから、じゃな?」

「へー、どんな物語?」

「ち、小さい頃に読んだものじゃから、忘れてしもうたのう」

「そうなんだ。私も、絵本の女の子の真似をしてみたことがあるよ!」

「……リーナは、儂の口調は嫌いかのう?」


 少しだけ不安になって聞いた。

 すると、リーナはきょとんとした後、にっこり笑う。


「ううん、そんなことないよ」

「む……本当か?」

「うん。私は、アリーの喋り方、好きだよ。不思議だけど、でも、楽しくて好き!」

「そうか、そうか!」


 よくわからないけど、すごく嬉しかった。


 うむ。

 儂の喋り方は好きか。

 違和感のあるものでしかないだろうに、でも……そうか。


 なぜか、胸がぽかぽかした。

 好き、と言われたからなのか。

 それとも、普通に受け入れられたからなのか。


 ……こういう関係が友達、なのかもしれない。


 ふと、今度は儂が疑問を抱いた。


「ちなみに、リーナは苦手なものはあるかのう?」

「苦手なもの?」

「うむ。食べ物でも人でも、なんでもよいぞ」


 特に深い意味はない。


 ないけど……

 なんかこう、もっとリーナのことを知りたいと思った。


 苦手なものを知って……

 それを避けて……

 それで、もっともっと仲良くなりたいと思った。


 リーナは少し考えてから、ぽつりと言う。


「うーん……王女様」

「えっ」


 一瞬、心臓が止まったかと思った。


 え?

 え?

 え?


 お……王女?

 つまり、儂ってこと……?


「私、お貴族様のことは苦手かな……」

「そ、そうなのか……」

「前に何度か、この辺りにお貴族様が来たことがあるんだけど、すごく嫌な感じがして……あと、意地悪もしてくるの」

「ほ、ほう……」

「王女様って、そのお貴族様よりすごいんだよね?」

「た、たぶん?」

「ってことは、もっと怖い感じだと思うの。うん……だから、苦手かなー」

「そ、そそそ、そうなのか……」


 やばい。

 ものすごくやばい。


 もしも正体がバレたら嫌われるかもしれない。

 いや。

 絶対に嫌われる。


 いつも明るいリーナがここまで言うのだ。

 かなりの嫌い度合いなのだろう。


 ……ものすごい冷や汗が流れてきた。


 たぶん、儂の顔、今は真っ青。


 前世を含めて、今まで相当な修羅場を潜ってきた。

 腹に穴が空いたことだってあるし、首を狙われたこともあるし、死を覚悟したことも一度や二度ではない。


 それなのに、ここまでの恐怖を感じたことがない。


「アリーもそう思うよね?」

「そ、そそそ、そうじゃな!」


 リーナの無邪気そうな問いかけに、儂は反射的に頷いた。


「王女とか、さ、最悪なのじゃ! きっと、すごく意地悪で悪くて意地悪で、もう酷い子なのじゃよ! はっ、ははは! ……ははは」


 自分で自分を最悪と言ってどうする?


 でも、もう頭が回らない。

 もしも正体がバレたら?

 リーナに嫌われたら?


 その時のことを考えると……

 なぜか、たまらなく恐ろしくなった。


 そうして、混乱と動揺の極地へ達した時……

 ふと、宿の方が騒がしいことに気づいた。


「……む?」

「どうしたの?」

「なにか騒がしいのう……ちと様子を見てくる」

「私も行くー」

「うむ」


 なにも起きてなければいいのだけど。


 ……なんて考えていた時点で、たぶん、すでに手遅れだったのだろう。

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