91話 友達
さっそく、料理がふるまわれたのだけど……
「おお……!」
思わず声が漏れてしまうくらい美味しい。
「これはうまいのう!」
ついつい、にっこり笑顔になる。
王宮の料理とはまったく系統が違うけど、でも、こちらはこちらでとても美味しい。
優しい味付け。
毎日食べても飽きないような、そんな素朴な感じ。
作り手の性格が現れているかのような料理だ。
煮込みは芯から温まり、焼きたてのパンは香ばしく、肉料理は噛むほどに旨味が広がる。
宿屋の料理ゆえ、旅人の腹を満たす工夫がよくわかっているのかもしれない。
「無邪気に食べるアリエル様……尊い」
「いいから、お主も食べよ」
「もちろんです」
「しかし、リーナの両親は料理のプロじゃな!」
「えへへ、そうだよねー! 私も好きだよ」
自分のことのように喜んでいる。
いい子だな、と素直に思う。
「まだまだあるから、たくさん食べてくださいね」
「お母さん、私、おかわり!」
「もう、あなたがたくさん食べてどうするの」
「だって、美味しいんだもん。えへへ♪」
やれやれ、と言いつつも、リーナのおかわりを用意してくれる。
親子仲も良いらしい。
「そういえば、お主、なにを運んでいたのじゃ?」
「お買い物だよ。宿で使う、あれこれ……みたいな?」
「その歳で家の手伝いとは、偉いのう」
「? 普通だよ。お父さんとお母さんの宿なんだから、私もがんばらないと!」
「……見たか、サリーよ。ああいう子こそが、天使というのではないか?」
「否定はしませんが、しかし、アリエル様も天使であり、女神様の生まれ変わりであることは、やはり否定できません」
こやつ、あくまでも儂を崇拝するか。
「ねえねえ、アリーはなにをしていたの?」
「えっと……仕事が落ち着いたから、ちょっと散歩をしていたのじゃ」
アリーとはなんぞ?
と、一瞬、偽名のことを忘れていたので返事が少し遅くなってしまった。
ただ、そんなことに気づいた様子はなく、リーナが笑顔で言う。
「アリーもお仕事しているよ。私と一緒だね」
「ふむ……言われてみればそうか」
「アリーは、どんなお仕事をしているの?」
「む……まあ、リーナと似たようなものかのう。儂は、こう見えて力持ちじゃから、わりと重宝されているのじゃ」
後ろでサリーが、「力持ちを越えた怪力ですけどね」と呟いていた。
ぐぬ……
微妙に否定できないが、しかし、素直に受け入れるのも癪だ。
後でサリーの仕事量を増やしておこう。
「あ、そういえば!」
「む?」
「アリーは、もうふわふわは食べた?」
「ふわふわ?」
「ふわふわは、ふわふわだよ。最近、広場の屋台にある甘いお菓子。雲みたいにふわふわなんだよ」
「ほほう……それは興味があるのう。いや、儂は食べたことはないが」
「食べてみたいよねー。でも、高いみたいだから、ちょっと大変かも。がんばってお小遣いを貯めないと! あ、でもでも、気になっているおもちゃもあるんだった……うぅ、やりくりが大変だよぉ」
ぽんぽんと話題が飛んで。
ころころと表情が変わって。
見ていて飽きない子だ。
でも、それが楽しいと思うし。
心地良いとも思った。
「……ふむ」
思えば、同年代の女の子と話すのは初めてではないか?
軽く挨拶くらいなら交わしたことはあるかもしれないが、こんなにしっかりと話したことはないはず。
……正直、楽しい。
天気の話とか、ごはんの話とか、おもちゃの話とか。
なんてことのない話し。
でも、それを口にしている時は、なんだか、とてもわくわくした。
自然と笑顔になって。
口調も弾む。
うーむ……なぜだろう?
「ふふ」
サリーが微笑ましそうにしていた。
リーナの両親も、儂らを優しく見守っていた。
「む?」
ふと気づくと、窓の外の光が夕暮れのものに変わり始めていた。
「ついつい話し込んでしもうたのう」
名残惜しくはあるが、休暇とはいえ帰りが遅すぎるのもよくない。
「もう行っちゃうの?」
「すまぬな、そろそろ帰らなければならぬ」
「リーナ、わがままを言ってはいけませんよ」
「うん……」
その顔が、あまりにもわかりやすく残念そうで。
つい、口が勝手に動いてしまう。
「また来るぞ」
「ほんと!?」
「うむ」
「本当に本当?」
「うむ」
「絶対だよ?」
「絶対じゃ、しつこいのう」
そこまで念を押されると、こちらも笑ってしまう。
「約束だよ」
「約束じゃ」
そこでリーナが、小さな手を差し出した。
「指切りげんまん!」
「よいぞ。指切りげんまん……」
「嘘ついたら剣千本のーます、指切った!」
「罰が重すぎやしないかのう!?」
どこで覚えてきたのだろうか?
少し、リーナの将来が心配だった。
それにしても……
約束、か。
友達と約束。
また会おうね。
そのことを考えると、なぜか少しだけ胸の奥が温かくなった。
「またねー!」
「うむ!」
リーナが手を振り、儂も手を振り返した。
そうして宿を出る。
外の空気は少しひんやりしていたが、気分は妙に軽かった。
隣のサリーはやけに上機嫌である。
「今日は、今まで見たことのない特別なアリエル様を見られました……あぁ、眼福でした。この記憶を、なにか特別な媒体に焼き付けることができたのなら……くっ、惜しい!」
「む、特別な儂じゃと?」
「はい、特別でしたよ、今日のアリエル様は」
「いつもと変わらない気はするが……まあよいか」
少し考えてから、思い出す。
「明日も休みじゃったな?」
「はい」
「では、明日は……」
「リーナ様のところに遊びに行くんですね?」
「なぜわかった?」
「今のアリエル様は、とてもわかりやすいので♪ そして、そんなところも素敵です」
「むう?」
そんなにかのう。
ぷにぷにと、自分の頬を摘む。
自分ではよくわからないが……
乳母でもあるサリーが言うのだから、そうなのだろう。
「明日か……楽しみじゃな」
――――――――――
一方、その頃。
城下町の貴族街。
その一角にある、とある商人の屋敷の一室に二人の男がいた
「いい加減、あの土地を手に入れないとですね」
「そうだな、あそこは立地がいい。宿屋なんてやらせておくのは損でしかないな……なにもわかっていない。もっと有効な施設にすれば、何倍……いや。何十倍の価値が出てくるというのに」
「ええ。ですが、なかなか買収に応じず……誠意のある金額を見せているのですけどね」
「いくらだ?」
「これくらいです」
「……多いな」
「これでも、先祖代々の土地だからとか、訳のわからない理由で応じていただけませんね。さらに積むべきか……」
「いや、その必要はない」
「と、いいますと?」
「投資は、最低限の金で最大限の利益を生み出してこそ、だ。くだらないことを語る者を相手に、金は使いたくないな」
「ふむ」
「搦手で行くぞ」
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