90話 通りすがりの幼女じゃ
翌日。
儂とサリーは、変装して城下町を歩いていた。
視察……というわけではなくて、ただの休暇だ。
発端は兄様の一言だった。
最近は働きづくめだったし、アウムドラの件もあったから疲れているだろう。
少しは休んでおいた方がいいと……と。
儂は、その言葉に素直に甘えることにして……
かといって、城にいても退屈なので、城下町に出ることにした。
父上も儂のことを気にかけてくれているらしく、わりと簡単に許可が降りた。
もちろん、変装はしているが……
儂とサリーは、一緒に城下町を散歩する。
「ふむ……こうして、ちゃんと見て回るのは初めてかもしれぬのう」
「今までは、事件や任務ばかりでしたから」
サリーの言う通りで、今までは任務とかで来ていただけ。
特に目的もなく、ただの散歩というのは初めてかもしれない。
色々と忘れがちではあるものの……
一応、儂も王女。
気軽に城下町に降りることができない立場だ。
広場まで移動する。
市場は活気に満ちていた。
店先に並ぶ野菜や果物。
肉が焼ける香ばしい匂いも漂ってくる。
その中を街の人々が行き交い、子供達が笑い声をあげる。
犬や猫がひなたぼっこしていた。
平和を体現したかのような光景だ。
「全てアリエル様のおかげですね」
「そんなことはないじゃろう」
「いいえ、女神様の生まれ変わりであるアリエル様なら、これくらいは!」
「たまに、お主の儂に対する忠誠が信仰のように思えて怖いのじゃ……」
「信仰ですよ?」
「まさかの!?」
「来年には、アリエル教を立ち上げる予定です」
「早い!?」
「もちろん、冗談です♪」
その言葉を信じていいのかどうか。
なかなかに悩むところだった。
儂達はそのまま街を見て回る。
露店で肉串を買い、通りすがりの果物を齧り、甘いものを食べて。
それから少しだけ服屋を覗いて、サリーがなぜか本気で選びそうになったので慌てて止めたりもした。
そうして気楽に歩いていると、
「む?」
前方で、よたよたと歩く小さな影が目に入った。
幼女だ。
いや、儂も幼女なのじゃが、それはさておき。
同じくらいの背丈。
年も、おそらく八歳前後。
髪を結んだ女の子で、大きな荷物を両腕で抱えて必死に歩いている。
ただ、当然ながら力は普通の子供のそれ。
荷物は今にも落ちそうで、足元もふらついていた。
「大丈夫か?」
思わず声をかけて、同時に荷物を横から支えた。
「ふぁ? ……あなた、誰?」
「えっと……」
名乗ったら、たぶんバレる。
バレても大きな問題にはならないが、できるなら、もう少しのんびり静かに散策したい。
「通りすがりの幼女じゃ!」
「……ぷはっ」
サリーが吹き出していた。
おのれ……
「ふふ、おかしな言い方」
「手伝うぞ、一人では大変じゃろう?」
「いいの?」
「うむ」
「ありがとう!」
元気に礼を言うその子は、素直でいい。
サリーも当たり前のように、荷物の反対側へ手を添えた。
「儂は……アリーじゃ」
さすがに本名はまずいので、少しだけ変えて名乗る。
「アリーの従姉妹で、サリーです」
サリーは本名だった。
まあ、王女の侍女まで知られていることはないだろう。
「私は、リーナだよ。よろしくね」
「うむ、よろしくなのじゃ」
握手はできないので、笑顔を交わしておいた。
それから、最近の天気とか今日食べたものとか、なんてことない話をして……
そうして荷物を運んだ先は、宿屋だった。
入口の看板は少し古びているが、しっかり手入れされていた。
表には冒険者や旅行者向けの案内板。
窓からは、煮込みのようないい匂いが漂ってくる。
「ただいまー!」
リーナが扉を開けて、元気よく叫ぶ。
「おかえり、リーナ」
「おや、そちらの子達は?」
奥から出てきたのは、リーナの両親らしき二人だった。
父は優しげな大男、母はてきぱきとした雰囲気の明るい女性だ。
「荷物、運ぶの手伝ってもらったの!」
「まあまあ、それはありがとうございます」
母親がぱっと顔を明るくする。
「ぜひ、お礼にうちの料理を」
「いや、構わぬ。別に、謝礼目当てではないからのう」
「しかし、それでは私達の気がすみません」
「娘を助けていただいたのに……もしも、この後に用事があるというのならば、無理は言えませんが」
しょんぼりされてしまう。
むぅ。
なんか、ものすごく断りづらい。
というか、逆に押しが強い?
「あー……」
「たまにはよいのでは?」
ちらりと見ると、サリーが頷いた。
「……わかった。では、世話になるとしよう」
「やったー!」
なぜか、一番喜んだのはリーナだった。




