88話 まっすぐで、まっすぐすぎて
槍は、迷いなく急所を貫いた。
ぐしゃり、と嫌な音がする。
宝石のような核は、見た目に反して脆かった。
皮膚のように硬質化はしていない。
簡単に貫くことができて、ヒビが全体に広がり、砕け散る。
「が……ぁ……!?」
喉からこぼれたのは、『人間』の悲鳴だった。
異形の肉が崩れていく。
腕が塵のようにほどけて。
棘が砕けて。
膨れ上がっていた体が縮み、皮膚の色が戻り、骨格が音もなく組み替わっていく。
最後に残ったのは、一人の青年……ジーニアスの姿だった。
肌は石のようにひび割れて、体が端から砂のようになってこぼれ落ちていく。
終わり……じゃな。
「ジーニアス様……!」
メイリークが駆け寄り、悲痛な声をあげた。
覚悟は決めていても。
実際に、その手で戦ったとしても。
やはり、心はそう簡単に切り替えられないのだろう。
大事な人ほど、楔のように心の奥底に突き刺さっているものだ。
ジーニアスは、かろうじて目を開いた。
焦点の合わない瞳が、ゆっくりとメイリークを見つける。
「……メイリーク」
「はい」
「僕は……負けてしまった、けれど……でも、間違っていたとは、思っていない……」
「……はい」
「ただ……」
王子は、崩れていく自分の体を見て、それからメイリークへ視線を戻した。
「キミを……泣かせてしまったことは……間違いだったと、思う」
「……ジーニアス様……」
「すまない」
メイリークの目に涙が浮かぶ。
ただ、泣き崩れはしなかった。
最後まで毅然とした態度で、その言葉を受け止める。
「……私とジーニアス様は道を違えてしまいましたが、それでも……」
声は震えていた。
それでも、きちんと返す。
「今までご一緒できたこと、とても嬉しく思っています……ありがとうございました」
「こちらこそ……ありがとう」
その言葉を最後に、王子の体は完全に塵となって崩れた。
風もないのに、さらさらと。
床へ落ちたその灰のようなものは、すぐに力を失って動かなくなる。
「……っ……」
メイリークは、しばらくその場へ膝をついていた。
声は出さいけれど、涙だけが静かに落ちる。
誰もが口を閉じて……
その静寂こそが、ジーニアスに対してのレクイエムになっただろう。
――――――――――
ジーニアスが倒れたことで、王都の混乱は一気に収束へ向かった。
アウムドラ王は玉座へ戻る。
王子派の兵士に温情をかけることで、国を二分することを避けて……
そして、比較的早く穏やかな情勢を取り戻していた。
儂らの目的も達成された。
ジーニアスがいなくなったことで、戦争を求める者はいつしか消えて……
開戦に備えていた兵士達は国に戻されることになって……
それから、アウムドラとフィーゼルマインの間で交渉が重ねられることに。
開戦には至らなかったものの、その直前。
色々と詰めなければならない話は多く、交渉も多々。
ただ、もう戦争を望むものはいない。
話し合いは穏やかに進められて……
最終的に、今回の件の問題解決だけではなくて、フィーゼルマインとアウムドラは正式に国交を結ぶことになった。
食糧と薬。
寒冷地向け資材。
そして技術交換。
それらを通じて、アウムドラの民の暮らしを少しでも改善しようという流れが生まれた。
まだ国交を広げたばかり。
即座に友好国と言えるかどうかは微妙だ。
ただ、少なくとも、明日にも刃を向け合う関係ではなくなった。
今はそれで十分だろう。
そんな日々が過ぎ去り……
とある日。
アウムドラの王都の外れに、小さな丘がある。
そこには質素な墓が一つだけ立っていた。
ジーニアス王子の墓だ。
やらかしたことが大きすぎたため、王族として盛大に葬られることはなかった。
かといって、無縁仏のように捨て置かれるわけでもない。
このひっそりとした場所に、静かに埋葬されたのだ。
メイリークは、その墓前に立っていた。
花を一輪供えて、じっと墓石を見つめている。
「儂もいいかのう?」
「アリエル様……!? は、はい、もちろんですっ」
声をかけると、メイリークが慌てた様子で振り返った。
少し目を赤くしていたが、表情はもう落ち着いている。
儂も隣へ立ち、共にジーニアスの冥福を祈る。
しばらくして、メイリークがぽつりと言う。
「改めて……ありがとうございました」
メイリークが、深く頭を下げる。
「今回の件……アリエル様がいなければ、どうなっていたことか」
「儂は、儂の使命を果たしただけじゃ」
「それは……」
「そして……」
一度、墓を見る。
「たぶん……ジーニアス王子もまた、使命を果たそうとしていただけ、なのじゃろうな」
「……はい」
「ジーニアス王子のやり方を認めることは、儂らはできぬな」
「そうですね……」
「ただ、そこにあった想いは本物なのじゃろう……そこまでは、否定できぬと思う」
「……誰よりも純粋な方だったのだと、そう思います」
「うむ」
風が吹く。
草が揺れて、雲の切れ間から光が落ちる。
儂は、もう一度だけ墓を見て言った。
「……あの時、愚か者、と言ったことは撤回しよう」
以前、儂はそう怒鳴りつけた。
あの時は、強い怒りがあったが……
しかし、今は少し違う。
「お主は、どうしようもないほど不器用じゃったが……誰よりもまっすぐな王子であった。出会いが違えば友になれたかもしれぬのう」
「……」
メイリークはなにも言わなかった。
ただ、少しだけ泣きそうな顔で小さく笑った。




