87話 人として終わらせるために
怪物になった王子は、元が人間だと思えないほどに凶悪だった。
踏み出した一歩。
それだけで床が砕けて、破片が散る。
繰り出してきた拳は、ゴウッ! と空気を裂く。
まるで砲弾のよう。
直撃すれば体がバラバラになるだろう。
が、それを剣をうまく使い、真正面から受け止めた。
「ぐっ……!?」
衝撃が全身を走る。
これは……なかなかに厳しいのう。
とはいえ、後ろに王達がいる以上、引くことはできない。
避けることもダメだ。
「こ、のぉっ……!!!」
強引に軌道を逸らした。
自分で力をうまくコントロールできず、怪物が横に転がり……
そのまま壁に激突して、壁を砕く。
それでもダメージはまったくない様子で起き上がると、苛立たしそうに壁を叩いた。
戯れの一撃で壁に放射状のヒビが入り、そして崩れた。
その奥の柱も衝撃で崩れる。
なんていうバカ力。
あんなもの、よく受け流したな、と自分でも感心してしまう。
「アリエル様!?」
「姫様、私達も……」
「ならぬ!」
リゼットとミレナが前に出ようとしたが、強く言って止めた。
「王とサリーを守れ! それが、お主らのするべきことじゃ!」
「くっ……」
「わかったけど……絶対に負けないでよ!?」
「うむ、任せよ!」
隣にメイリークが並ぶ。
「私がサポートいたします」
「それも任せた! 行くぞ!」
「はい!」
儂が正面から飛び込み、メイリークが半歩遅れて槍を構える。
怪物の拳が振るわれる。
儂はそれを剣で逸らして、顔を蹴って注意を反らしつつ、死角へ回る。
そこへメイリークの槍が脇腹を穿つ……はずだった。
がきん、と鈍い音がして槍が弾かれた。
「硬い……!?」
皮膚が鉄のようになっていた。
まるで鎧だ。
しかも、それだけではない。
「伏せよ!」
怪物の口元が光った瞬間、儂は急いで駆け戻り、メイリークの肩を押し倒した。
次の瞬間、魔法が連射された。
炎弾、氷の矢、風の刃……多種多様で、しかも無詠唱。
それでいて威力も高い。
見た目通り、もはや人の域に収まっていない。
「なんという怪物じゃ!?」
「くっ、このままでは……!」
儂は、剣を振り、魔法を散らす。
メイリークは槍を立てて、飛来する魔法を払う。
押されていた。
とはいえ、諦めるなんていう選択肢はない。
相手の攻撃の合間を見切り、前に出て剣を振る。
メイリークもそれに続いて、槍を突き出す。
ヒットアンドアウェイ。
とにかく、安全を最優先にして、慎重な攻撃をひたすらに繰り返した。
それでも怪物に致命的なダメージは与えられない。
鎧のような皮膚がこちらの攻撃を全て弾いている。
弾いているのだが……
「……ふむ?」
ふと、違和感を覚えた。
時折、ヤツはこちらの攻撃を腕を盾代わりにして防いでいた。
鎧のような皮膚があれば、そんな必要はないのに。
ただの偶然?
それとも必然?
それを確かめるために、さらに攻撃を繰り返していく。
試しの一撃。
本気の一撃。
そうやって、何度も何度も攻撃と防御を交互に行い……
見えた。
「メイリーク! 腹部を狙え!」
「えっ」
「そこへ繋がる攻撃だけは防御しておる!」
メイリークが怪物の動きを目で追う。
そして、すぐ理解した。
「……た、確かに」
「そこは嫌なのじゃろうな」
「この激しい攻防の中で、なんていう観察眼……いえ、今は感心している場合ではありませんね」
「うむ」
儂は改めて剣を構え直した。
「儂がとっておきを叩き込むから、メイリークはトドメを刺せ」
「私が……?」
その声に、一瞬だけ迷いが混じる。
無理もない。
相手は、かつての幼馴染なのだから。
「やるのじゃ! あやつをこのまま、化け物としてのさばらせるのか!?」
「っ……!?」
「人間として死なせてやるのじゃ!」
メイリークの瞳が揺れて、そして固まる。
迷いは、すぐに消えないだろう。
だが、決意はできる。
「はい!」
再び前を向いたメイリークの瞳からは迷いが消えていた。
よし。
ならば、後は儂の役目じゃ。
「オォオオオオオッ!!!」
これ以上好きにはさせないと、怪物が突撃してきた。
己の全身を武器として、儂らを粉々に粉砕するつもりなのだろう。
腕、肩、太もも、膝、足……全ての体の流れを見て、この後の動きを予測する。
最小限の動きで回避。
同時に、剣に魔力を流す。
「吼えよっ!」
剣が蒼く輝いた。
空気そのものが震えるほどの圧が刃へ凝縮される。
それを振り抜く。
ただの斬撃ではない。
『斬る』という意思そのものを叩きつけるような一撃だ。
光が走り……
「ガァァァァァッ!?」
怪物の腹が大きく抉れた。
肉が裂けて、骨が砕けて、中心部へぽっかりと大穴が開く。
それでも怪物は死なないが……
ただ、腹の奥に宝石のようなものが見えた。
赤く輝いている。
ただ、心臓のように震えていて、嫌な光を放つ。
まるで命そのものを凝縮しているかのようだ。
「今じゃ!」
「はい!」
メイリークは、迷わずに踏み込んだ。
槍を両手で握り締めて、ただただ、ひたすら真っ直ぐに……
そして、穂先を赤く輝く核のようなものに叩き込んだ。




