86話 この身を捧げようではないか
「こいつらを殺せ!」
王子派の兵士達が一斉に動く。
ただ、その動きにはどこか迷いが見えた。
王が正しいのか?
王子が正しいのか?
王子を信じてついてきたはずなのだけど……
しかし、儂の言葉で心が揺れ動いている様子。
それが影響しているらしく、動きは鈍い。
ならば脅威ではない。
「サリーは、王と共に下がれ! リゼット、ミレナ、リル、皆を守れ!」
「わかりました!」
「おっけー!」
「は、はいっ!」
フォルティア姉妹とリルが、サリーを中心に素早く布陣する。
サリーは王を支えつつ、周囲をちらりと見ると、最適な位置に移動する。
戦う力はないけれど、戦場の空気を読む目はとても鋭い。
「メイリーク」
「はい!」
「手加減するぞ」
「承知しました!」
次の瞬間、儂とメイリークは同時に踏み込んだ。
王子派の兵士達は弱くない。
むしろ、王城を守る兵としてそれなりに鍛えられている。
剣筋も盾の合わせ方も整っているし、連携も取れている。
ただ、乱れた心で勝てると思わないでほしい。
「ぬるいのう!」
先頭の兵士の剣を弾いて、そのまま手首を打つ。
返す刃を棒のように使い、二人目の膝を払い、転がせる。
三人目が槍を突き出してくるが、半歩だけ踏み込んで懐へ入り、みぞおちへ肘を叩き込む。
一方、メイリークも見事だった。
長槍がしなり……
その度に兵士達が倒れていく。
的確に肩、手首、足元だけを狙い、急所を外しながら戦闘能力だけを奪っていく。
城内の限られた空間でも動きが制限されることはない。
最適化されていて、その技量は目を見張るものがあった。
刺す、払う、絡め取る。
時に柄で打ち、時に石壁へ押しつけるようにして、まるで人を殺さぬための槍術でも積んでいるかのようだった。
「さすがじゃな」
「アリエル様ほどではありません!」
言いながら、メイリークは兵士の剣を槍の柄で巻き上げて、逆手で顎を軽く打ち抜いた。
兵士は白目を剥いてその場へ崩れる。
いい感じなのだけど……
ただ、王子派の兵士はまだまだいる。
儂もメイリークもまだまだ動ける。
サリー達の方も、がっちりと守られているため問題はない。
とはいえ……
このままでは埒があかない。
いずれ、均衡は崩れるだろうが、しかし、その時は儂らの方が不利になるかもしれない。
……今のうちに叩き込んでおくか。
「すぅ……」
軽く息を吸い込み、集中。
剣を横に。
そのまま刃に魔力を流し込む。
魔刃剣……
のそこそこ手加減したバージョン。
斬るのではなくて、殴る、ことに特化したもの。
それを……
「はぁあああああっ!!!」
くるっと回転しつつ、横薙ぎに払う。
ガッ!!!
なにかの間違いのように、王子派の兵士達がまとめて吹き飛んだ。
「「「……」」」
皆が唖然とする。
王子も唖然としていた。
「儂を倒したいと思うのなら、この万倍は連れてくるのじゃな?」
かくして、戦況は決した。
王子派の兵士達はことごとく倒れて。
残るは、王子……ただ一人。
「さて……終わりじゃ」
儂は、王子へ剣を突きつけた。
「ぐっ……こ、このようなことで……」
「……もうやめよ」
後ろにいる王が言う。
「お前の想いは……わかっているつもりだ。しかし、それで国が壊れては意味がない。これ以上、国を壊すな」
その言葉には、父としての情と、王としての命令が混じっていた。
メイリークもまた、槍を下ろしながら一歩前へ出る。
「おとなしく投降してください。もう、これ以上は……」
悲痛に言う。
王子はうつむいて……
しかし、その拳は激情に耐えるかのように震えている。
どんどん激しくなる。
やがて、ダンッ! と強く床を叩いた。
「まだだ……」
顔を上げた王子の目は、血走っていた。
「まだ終わらない……終わってたまるものか! ここで諦めたら、誰が母さんの無念を晴らすことが……!」
……母、か。
「それは僕だけなんだ!」
王子は懐へ手を突っ込み、小瓶を取り出した。
濁った色の液体。
あの拠点の幹部が飲んだものと、よく似た代物で……
「ちっ」
「いいだろう」
王子は勝ち誇るように笑う。
儂は前に出るが、間に合わない。
「国のため母のため、僕がこの身を捧げようではないか!」
ぐい、と飲み干す。
「ぐっ……!?」
王子の体が、びくりと震える。
骨が軋み、肉が膨れて、血管が浮き上がり、皮膚の下でなにかが這い回るように蠢いた。
関節が不自然な方向へ捻ると、指先は鉤爪めいて伸びて、背からは棘のような突起が飛び出していく。
「が、あああああああああっ!?」
それはもう人ではなくて……
魔物に等しい怪物だった。
「……哀れな」
考えすぎて。
想いに囚われすぎて。
そして、自分を失うほどまでに突き進むか。
そうまでして得られるものなんて、なにもないというのに。
「せめて、儂が終わらせてやろう」
剣を構え直した。
ここからは、止めるためではなくて終わらせるための戦いだ。




