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84話 王の解放

 塔の中は、外よりさらに冷え込んでいた。


 石壁は厚く、窓は少ない。

 高く積み上げられた構造なので音も響きやすい。

 ここで派手に暴れれば、上にも下にもあっという間に伝わるだろう。


 だからこそ、急がねばならない。

 すでに入り口の騒ぎは知られているだろう


 上にも兵士がいたら、王を連れて別の場所に……

 なんて危険もある。

 これはもう、いないことを祈るしかない。


「王が囚われているのは、おそらくは最上部かと。そこまでの階段は一本だけです」

「逃げ道がない、ということじゃな?」

「はい」


 それなら安心だ。

 よほどの無茶がない限り、王が他所に連れ去られることはないだろう。


 そうして、皆で塔を駆け上がり……

 やがて、いかにもという扉が見えてきた。


 分厚い鉄と木を組み合わせた扉だ。

 鍵穴は複数あって……

 それだけではなくて、表面に魔法陣が刻まれていた。


「サリーよ、これは……」


 知識を求めてサリーを見る。

 ここは戦場になる可能性が高いが、王の救出。

 あるいは、王が怪我や病気の時、彼女の知見が必要になるため、あえて連れてきた。


「魔法によるロックがかけられていますね……かなり強固で、容易には解除できないかと。城門……あるいは、それ以上の強度があると思います」

「うぅ……ぼ、僕の持っている道具だと、解錠は難しいですぅ……」


 サリーだけではなくて、リルもお手上げらしい。

 リゼットとミレナを見るが、申しわけなさそうにうなだれた。


「ふむ……ならば、儂がやってみるか」

「え? アリエル様、解錠なんてできたでしょうか……? いえ、でも、可愛いパワーでなんとか……」

「なんじゃ、その。可愛いパワーとか、わけわからぬものは」


 こういう時もいつも通りなサリーに苦笑しつつ、しかし、少し気が楽になる。


 失敗して元々。

 やるだけやってみよう。


「すぅ……」


 呼吸を整えて集中。

 刃に魔力を通す。


 魔刃剣。


「はぁっ!!!」


 刃を振り抜いた。


 斬撃が火花を散らして、魔法陣が一瞬、明滅した。

 刃の軌跡に従い線が走り、二つに分かれていく。


 そして……

 誰にも突破できないはずの扉は、中央から裂けた。


「ふむ……意外と楽じゃったのう」

「「「……」」」


 皆、唖然としていた。


「剣で……い、一撃で……? 普通なら、剣の方が折れてしまうのですが……」

「おー、さすが姫様。めっちゃ切り口が鮮やかだね」

「とはいえ……魔法をかけられた扉を斬ってしまうとは。アリエル様に追いつけるのは、いつになるのやら……」

「か、かっこいい……です!」

「そして、とてもかわいらしいのです!」


 なぜかサリーが得意そうに言って締めた。


「ほれ、行くぞ」


 扉の残骸を蹴り開けて、突入した。


 部屋の中は思っていたより簡素だった。

 余計な装飾はない。

 寝台と机、それに簡単な暖炉だけ。


 そこに、一人の老人がいた。


 年を重ねてはいるが、姿勢に品や格がある。

 顔には疲労の色が濃いけれど、目は死んでいない。

 衰えてはいても、芯まで折れてはおらぬ男……間違いなく、彼が王だろう。


「そなた達は、いったい……」


 突然の乱入者に驚きつつも、そこまで取り乱していない。


「陛下! よかった……ご無事でなによりです」


 メイリークが膝をつく。


「おお、メイリークではないか」

「遅れてしまいましたが、救出に参りました」

「そうか……戻ってきてくれたか。迷惑をかけたな……今回の件、全て儂の責任だ。それなのに……本当に苦労をかけた」

「いえ、そのようなことは!」


 アウムドラ王は、小さく首を振った。


「息子を押さえきれなかった儂の責任だ。あやつの想いの程を読み違えていた……そのせいで、どれだけの者に迷惑をかけて、振り回してしまったか」

「しかし、それは……!」

「わかっておる。このようなことになってしまったが、しかし、これ以上は過ちは繰り返さぬよ」


 そして、視線が儂へ向く。


「そなたは……」

「フィーゼルマイン第三王女、アリエルですじゃ。突然のこと、失礼いたしますのじゃ」

「アリエル様は、今回の件で力を貸していただいています」

「そうか……すまない、迷惑をかけた」

「そこは、別の言葉が欲しいですのう」

「む」

「生意気なことを言いますが……罪の意識を感じるのは当然のこと。しかし、それに囚われてばかりでは前に進めませぬぞ」

「……くっ。はっはっは」


 アウムドラ王は、ついついという感じで大きく口を開けて笑う。

 心底楽しそうだ。


 思っていたよりも気さくな人なのかもしれない。


「そうだな、その通りだ。儂とて、ここで終わるつもりはなかったが……しかし、幽閉生活で思っていた以上に気が弱くなっていたのかもしれぬな。アリエル王女の言葉、よく響いた」

「なによりですじゃ」


 うむ。

 アウムドラ王はまったく折れていない。

 むしろ、やる気たっぷり。


 思っていたよりも気さくな人で、そして、強い人なのだろう。


「親交を深めたいところではあるが……今は、そのような時ではないのう」

「陛下、動けますか?」

「ああ、問題ない……くっ」


 アウムドラ王は歩こうとしたが、すぐに膝が揺れた。

 無理もない。

 監禁生活で足腰が弱っているのだろう。


「私に掴まってください」


 すぐにサリーが前へ出た。


「ポーションもどうぞ」

「すまぬな」


 王は苦笑しつつ、素直に支えを受けた。


 うむ。

 やはりサリーはこういう時に実に役立つ。

 色々と気が効くのもそうだけど、すんなりと相手の心に入り込めるからな。


「儂らが前に出る。メイリークはアウムドラ王を」

「はい!」


 剣を構え直して塔を下りる。

 そのまま塔を無事に出ることができたのだけど……


 そこから先は厄介そうだ。


 さきほどよりも騒がしさがましていて、兵士の足音や怒号、金属音がどんどん近づいてきている。

 陽動が見破られた、と考えるのが自然だろう。

 すぐに大量の兵士がやってくるに違いない。


「さて、どうしたものか……」


 打ち倒すのは、ぶっちゃけ簡単だ。

 ただ、全員に手加減をするとなると、ちと難しい。


 悩んでいると、サリーに支えられたアウムドラ王が前に出た。


「ここは儂に任せてはくれぬか……?」

「……了解ですじゃ」


 素直に道を譲る。


 儂でさえも、思わずビクリとしてしまうほどの眼力。

 国を背負う王だからこそ、なのだろう。


 ほどなくして、大量の兵士が押し寄せてきて。

 しかし、先頭にアウムドラ王がいることに気づいて、動揺に足を止めて。


 その隙を見逃すことなく、アウムドラ王が声を張り上げる。


「やめよ!」


 全員の動きが止まる。


「剣を収めよ……アウムドラの『王』である、儂が命じる。剣を収めよ、彼女達は敵ではない」

「「「……」」」


 兵士達は迷い、困惑して、互いに顔を見合わせた。


 王の言葉に従うか。

 それとも、王子の命令を守るか。


 誰もが王子に心酔しているわけではなくて、忠誠を捧げているわけではないようだ。

 むしろ、命令だから仕方なく、という者が多い。

 あるいは、逆らえば自分が危ういから従っていただけ……そういう者が大半なのだろう。


 一人、また一人と、剣が下がる。

 そして、アウムドラ王のために道を開けた。


 しかし、その時。


「なにをしている!?」


 怒鳴り声が響いた。

 兵達の後方……人の割れたその向こうから、一人の若い男が現れた。


 彼こそが、今回の事件の首謀者……王子なのだろう。



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