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79話 メイリークの家

 それから、二日かけて移動した。


 時間はない。

 だが、時間がないからこそ、慎重さを削るわけにはいかなかった。


 目的地のメイリークの家は、アウムドラ王国の王都にある。

 しかも貴族の屋敷ともなれば、護衛の兵士は多く、それだけではなくて周囲にたくさんの人の目がある。

 雑に動けばすぐ露見してしまうし、こちらは王都の地理にも明るくない。

 ならば、急ぐよりも確実に辿り着く方を優先すべき。


 結果として、道中は息の詰まるような慎重さになったが、その判断は正しかったのだろう。

 誰かに悟られた様子はなく、儂らは無事、メイリークの屋敷へ辿り着いた。


「ほう、ここが……」


 アウムドラの王都は、フィーゼルマインとはだいぶ趣が違っていた。


 雪に耐えるためなのか、建物はどれも重心が低く、屋根の勾配がきつい。

 石造りの壁は厚く、窓も小さめだ。


 街路は広く取られていて、そこを行き交う人々は皆厚着をしている。

 華やかさよりも、耐えて生き延びるための機能が優先された都……そんな印象だった。


 メイリークの家もまた、その王都の空気に馴染んでいた。


 広すぎず、狭すぎず。

 ただ、造りは確かで、手入れも行き届いている。

 無駄な贅沢ではなく、格と実務を両立させた、いかにも文武の家柄らしい屋敷だ。


 門をくぐるなり、屋敷の者達がわっと駆け寄ってきた。


「お嬢様!」

「よくぞご無事で……!」

「お怪我はございませんか!?」


 執事も侍女達も、皆そろって顔を明るくしていた。

 中には涙ぐんでいる人もいた。


 ……慕われているのじゃな。


「心配をかけました。ですが、この通り、なにも問題はありません」

「お嬢様……その者達は?」


 警戒の視線。

 それを受け止めて、あえて儂は前に出る。


「儂は、フィーゼルマイン王国第三王女、アリエル・ノクティス・フィーゼルマインじゃ……戦乙女、と言う方がわかりやすいかのう?」

「そして、とても可愛い女神様の生まれ変わりです!」

「余計なことを言うでない!?」


 サリーは、いつでもどこでもサリーだった。


「あ、あなたが……!?」

「まさか、あの戦乙女様がアウムドラに……」

「皆、落ち着いてくれ」


 メイリークが場を落ち着かせる。


「色々と疑問はあるだろうが……ただ、今は急ぎなのです。お父様はいらっしゃいますか?」

「は、はい……」

「では、案内してください。もちろん、アリエル様達も一緒に」

「……かしこまりました。お嬢様がそう仰るのならば」


 権力でものを効かせているのではなくて、信頼でお願いしている感じだ。


 そのまま、儂らは執事に案内されて屋敷の奥にある執務室へ移動した。

 中に入ると、メイリークの父親が待っている。


 年は五十前後くらい。

 体格は大きくないが、姿勢がよくて目に無駄な揺れがない。

 剣を振るうよりも書簡を裁いて、盤面を読み、人を動かす方が似合う男なのだろう。

 その穏やかな外見とは正反対に、芯の強さと簡単には曲がらない意思を感じられる。


「メイリーク……よかった、無事でなによりだ」

「お父様……ご心配をおかけしました」

「いいさ。メイリークが無事なら、それでいい……それが一番だ」


 まず最初に、なによりもメイリークを心配する声が飛び出した。


「お父様、今日は……」

「ああ……そちらの小さなお客様のことだね?」

「はじめましてなのじゃ。儂は、フィーゼルマイン王国第三王女、アリエル・ノクティス・フィーゼルマインじゃ」


 主にサリーから習っている礼をした。


「突然の来訪、失礼するのじゃ。ただ、火急の用件故、このようなものとなった」

「ふむ……それで、目的はなんでしょう?」

「……監禁されているという、この国の王を救い出して戦争を止める」

「……」


 父親の目が厳しくなる。

 構わずに話を続ける。


「協力してくれぬか?」

「……なぜ、私がそのようなことに協力をしなければいけないのかな? 私はアウムドラの貴族であり、王の臣下であり……そして、現状、キミは敵だろう」

「王が囚われているのじゃぞ?」

「それは前王だね」


 ふむ。

 なかなかに厄介だ。

 王個人ではなくて、国そのものに忠誠を誓うタイプか?


「キミを突き出した方が色々と早い……そう思わないかな?」

「お主が王か、国の臣下なのか。どちらかなのか、よくわからぬが……しかし、そのような真似はせぬよ」

「なぜ、言い切れるんだい?」

「お主がメイリークの『父親』じゃからじゃ」

「……どういうことかな?」

「メイリークが戻ってきた時……お主は、真っ先に娘の無事を喜んだ。労る声をかけた」

「それが?」

「それで十分じゃ……お主という人柄を測るには、な」

「……」


 なんだかんだ……

 この人は優しい。


 忠実な臣下であり、国の一端を担う貴族。

 ただ、それ以上に『父親』なのだ。

 娘の身をなによりも一番に考える、優しい人なのだ。

 そのような人が騙し討ちのようなことはしないだろう。


「……」


 父親は、しばらく無言だった。

 ただ、その沈黙は否定ではないだろう。

 向こうも、こちらを値踏みしているようだ。


 やがて、その口元がわずかに緩む。


「なるほど……戦乙女は、腕力だけではないらしいね」

「当然です! アリエル様は、可愛らしく、そして賢いのですから!」


 なぜかサリーが言う。

 だから、お主はなぜ、ちょくちょく出てくる……?


「そうだね……うん。適当な相手なら王子に突き出していたところだけど、キミなら問題はないようだ」

「では……」

「協力しよう」


 ただの口約束。

 でも、この人相手なら、なによりも信じられるような気がした。


「王子は、権力欲に取り憑かれてしまっていてね……なんとかしたい、とは思っていたんだよ」

「なかなか言うのう」

「事実だからね」


 ばっさりと言う。

 わりと好きなタイプかもしれない。


 いっそフィーゼルマインへ来てくれぬかのう?

 文官としてかなり有能そうじゃし、娘も強い。

 親子そろって来ればお得ではないか。


 ……などと一瞬思ったけれど、今はさすがに話を飛ばしすぎだ。


「王子以外に継承権を持つ者は?」

「いるけれど……いずれも低いかな。現王……というのは癪だけど、彼に逆らうことはできないし、王と同じように監禁されていると思う」

「ふむ……協力を求めるのは厳しいか」

「それに、いずれも幼い。巻き込むのは、少し良心が痛むかな」

「儂も幼いぞ?」

「そうだったのかい? 初めて知ったよ」


 平然と言ってのけるところは、かなり面白い。

 ほんと、うちに来てくれないだろうか?


「……僕も、このままではいいとは思っていない。なんとかしようと考えていた。まあ、娘ほど猪突猛進ではないつもりだけどね」

「も、申しわけありません……」


 メイリークが恥ずかしそうに頭を下げた。


「気にしないで。メイリークは、そういうところが『らしい』からね。まあ、今のは心配させられた愚痴とでも。それに……」


 視線がこちらに戻る。


「とんでもない援軍を連れてきてくれたからね。感謝しているよ」

「はい!」


 メイリークは嬉しそうに頷いた。

 親子仲は良好らしい。


「実は、王を助けるための準備を前々から進めていてね」

「ふむ?」

「ただ、僕は一貴族でしかない。国を相手にするには戦力不足で、捨て身になるはずだった。その上で、成功確率は低い……けど、キミが協力してくれるのなら、なんとかなりそうだ」

「うむ。共に戦争を止めようではないか」


 儂は、右手を差し出して……


「ああ、一緒にがんばろう」


 しっかりと握手を交わした。


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