78話 逆潜入をしましょう
「今回の戦は、もしかして個人の意思か?」
「それは……!?」
メイリークが、はっと息を呑んだ。
その反応だけで、答えはほとんど見えたようなものだ。
「まさか……私が説明する前に、その答えに辿り着いてしまうなんて。アリエル様は、本当に聡明な方なのですね」
「ふむ。ということは、やはりなにか裏があるのじゃな?」
「はい……今回の戦は、アウムドラ王が望んでいるものではありません」
「ほう……?」
「恥ずかしながら……第一王子が暴走し、王を監禁しました」
「物騒な話じゃな……それはもう、実質的に簒奪ではないか」
「はい……その通りです。表向きには、王は病に倒れたため、代理として第一王子が政を執っている、ということになっています。ですが実際は……王子が軍を掌握して、フィーゼルマインへ戦争を仕掛けようとしているのです」
メイリークはとても苦い表情で言う。
第一王子の暴走をとても許容できないのだろう。
「ただ、皆が従っているわけではあるまい?」
「はい。こう言ってはなんですが、王子に王ほどの人望は……それに、国力の差もあります。戦争なんて無茶だ、という声は多くありました」
「当然の反応じゃな。権力で押さえつけられても、無茶無謀の戦に追い立てられて、はいわかりました、と言える者はそうそうおらん」
「ですが、王子は妙な薬を持ち出したのです」
「……なるほど」
ここで、それが出てくるか。
その薬がどのようなものか、すぐに察した。
「人を人でなくすかのような、恐ろしい薬です。その薬を使えば必ず勝てる、と」
「本当に人でなくなりそうな勢いじゃったのだがな」
「知っていたのですか?」
「まあ、色々とあってのう」
「……王子は、その薬の力で周囲を説き伏せて、黙らせて、恐れさせて、軍を無理やり従わせました」
やはり、あの薬はアウムドラが絡んでいたか。
あれが単なる裏社会の道具ではなくて、他国の軍部と結びついていたとなると、話はかなり大きくなる。
「到底、そのようなことは容認できません。他国へ侵略することも、自国を力で従わせることも」
「ふむ」
「その計画を知った私は、王を救出しようとしましたが……失敗しました。逆に、反逆者の汚名を着せられました」
とても酷い状況なのだろう。
それでも、メイリークの目に宿る意思はまだ折れていない。
「ですが、まだできることはある。反逆者である私にもできることがある。それは、この危機をフィーゼルマインへ伝えること。私はかつての仲間から狙われつつも、命がけで国境を越えて……」
「そこで儂と出会った、というわけじゃな?」
「はい」
なるほど、状況はようやく見えた。
そして、見えたのならやりようもある。
「メイリークよ……貴重な情報、感謝するぞ。素晴らしい活躍であるぞ」
「いえ……」
彼女は悔しげに首を振る。
「私は王を助けることができず、王子を止めることもできず……ただ、逃げてきただけです。なにも、成し遂げておりません……情けない女です」
「それでも、お主はここまで来てくれた」
「それは……」
「とても立派じゃよ。他の誰が認めなくても、儂は認めよう。よくやったのう」
「……っ……」
メイリークは少しだけ目を伏せた。
ややあって、顔を上げる。
いつもの表情に……強い意思を瞳に宿していた。
「開戦は……もはや避けられないでしょう。アリエル様、どうか、今すぐにフィーゼルマインを動かして、この危機に立ち向かうように……」
「いや……まだなんとかなるのではないか?」
「え?」
確かに、状況はわりと詰んでいるように思う。
普通に考えれば開戦は避けられない。
なら、普通に考えなければいい。
「どうにか、できるのですか……?」
「アウムドラ王を助ける」
「なっ……!?」
このままだと、開戦は避けられそうにない。
ならば、開戦を望む者……
王子の問題を解決すればいい。
監禁されているアウムドラ王を助けて、正当な権威を取り戻す。
そして、過激派の王子の首根っこを押さえつける。
そうすれば、少なくとも『アウムドラ王国全体との戦争』という最悪の形は避けられるはずだ。
「これなら、全てがうまくいくと思わぬか?」
「いえ、しかし……王が囚われているところは、アウムドラの中心。王都であり、そこの警備は……いえ。そこに至る警備も、今は、かなり増強されているため……潜入などということは、あまりにも無謀かと」
「まあ、難しいことは認めるがな」
「でしたら……」
「でも、できない理由ばかり考えても仕方ないじゃろう? 今は、できるための理由を考えようではないか」
「あなたという方は……」
唖然とするメイリーク。
ややあって、膝をついて頭を下げてきた。
「はい。全て、アリエル様の御心のままに……」
「なんじゃ、いきなり。お主まで、儂を妙に持ち上げるつもりか?」
「……最初は、正直なところ、侮っていました。子供でありながら戦場に立つその力は素晴らしいと思っていましたが、所詮、それだけ。楽しそうだから戦っているだけ、と。しかし、そうではありませんでした。アリエル様は、とても深い優しさを持つだけではなくて、何手も先を読む力を持ち……私は、私の曇り眼を恥じるばかりです」
「じゃから、こそばゆいのじゃが……」
自国だけではなくて、他国の者からも持ち上げられてしまった。
なんじゃ?
儂は妙なフェロモンでも撒き散らしているのか?
「まあ、とにかく」
話を仕切り直す。
「アウムドラ王の救出には、儂らも同行しよう」
「そ、そこまでの迷惑は……」
「儂が発案者じゃ。それに、戦力は多いほうがいいじゃろう? まあ、あまりにも多すぎても困るから、精鋭のみとなるが」
「それは……とてもありがたいのですが、しかし、そのような危険な真似、アリエル様に許可が降りるとは思えないのですが」
「降りぬじゃろうな」
「でしたら……」
「なので、止められる前に行く」
「……」
メイリークが唖然とした。
それから、くすりと笑う。
「意外と……アリエル様は、破天荒な方なのですね」
「うむ、それが儂の魅力じゃ!」
「自分で言ってしまいますか」
「もちろん、自分で言うぞ」
今度は、二人でくすくすと笑った。
――――――――――
メイリークから得た情報を、急ぎ団員達に共有して。
サリーとリルに急いで、できる限りの情報を探ってもらい。
急ごしらえでどこかで破綻は出てくるかもしれないが、計画を考えて。
そして、そのための準備をして……
「……むぅ……」
今度は、儂らがアウムドラ王国に潜入する。
その作戦が決行されて……
そして、儂は今、馬車の中にいた。
手足を拘束されて、床の上に転がされていた。
口も塞がれている。
サリーも、リゼットもミレアも、リルも……みんな、まとめて縛られていた。
もちろん、本当に捕まっているわけではない。
ただの演技だ。
馬車を走らせているのは、メイリーク。
彼女は単独行動を犯したものの、しかし、フィーゼルマインの王女とその関係者を捕縛するという快挙を成し遂げた……という筋書きで、儂らをアウムドラへ連れ込むのだ。
逆潜入である。
もっとも……
「潜入というより、ちと大きめの悪戯みたいじゃな」
もごもごしつつ、でも拘束は実はゆるゆるなので、普通に声を出せた。
「ひ、姫様、楽しそうですね……」
「うむ、嫌いではない」
「そういうところですよね……本当に、反省していただきたいのですが」
サリーは呆れ顔で言う。
本当はサリーには残っていてもらいたかったのだけど……
絶対についてくると言い張った。
それに、なんだかんだ情報戦に長けているため、一緒に来てくれるのは助かる。
危険はあるが……
まあ、そこは儂が絶対に守る。
……そして。
馬車は、アウムドラ王国の国境砦へ差しかかっていた。
「止まれ! 何者だ!?」
見張りの兵が槍を向けてくるが、それに怯むことなく、馬車上のメイリークが毅然と声を張った。
「久しぶりですね、私です」
「メイリーク殿!?」
「なぜ、このようなところに……いや、待て。確か、本国からの情報では、あなたは国を裏切ったと……」
「あなた達を騙す形になってしまい、申しわけありません。しかし、それは偽りの情報です」
「偽り……?」
「私は、とある極秘任務を行っていました。誰にも気づかれないように、あえて、そのような情報が流されたのです」
「それは……本当、なのか?」
「いや、しかし、メイリーク殿が国を裏切るなんてことはありえないし……」
「これが、その任務の成果……フィーゼルマインの王女と、その関係者を捕らえてきました」
「なんと!?」
兵士達が色めき立つ。
慌てて馬車を覗き込んでいて、拘束されている儂らを見た。
もしも、ここで見破られたら面倒どころでは済まない。
儂は、一瞬で全員を斬り伏せる算段まで頭の中で組み立てていたが……
「た、確かに……」
「あの戦乙女とその部下を、たった一人で捕まえてしまうなんて……」
「さすがメイリーク殿ですね!」
兵士達は信じたらしく、おぉ、と歓声をあげた。
第一関門突破、というところじゃな。
「彼女達を捕らえて、王都まで移送することが本当の任務なのです。通していただけますね?」
「はっ、失礼しました!」
兵士達が慌てて道を開けた。
馬車が動き出して……そのまま、何事もなく砦を抜ける。
「ふぅ……どうやら、うまくいったようですね」
御者台のメイリークが、ほっと息を吐いた。
儂らは拘束を解いて、その後ろに立つ。
「名演技じゃのう」
「見苦しくなければよかったのですが……」
「とんでもない。見事に騙しておったぞ? 演者になるのもよいのではないか」
「そう、ですね……平和になれば、そういう道もありかもしれません」
「その平和を掴み取るため、がんばねばならぬな」
「はい」
いつまでものんびりしてはいられない。
気持ちを切り替えて、次の話に移る。
「どうにか、国に入り込むことはできましたが……次はどうされるのですか?」
儂は、ニヤリと笑う。
「お主の家に行く」




