76話 北から来た騎士
メイリークという女騎士は、ただの使者ではなかった。
アウムドラ王国の貴族で……
それでありながら騎士団へ籍を置いて、実戦へ身を投じている。
しかも、二つ名まで持つほどの実力者らしい。
あの宿場街で一人で戦っていた姿を見れば、それも納得だ。
槍筋は見事で、度胸もあり、場数も踏んでいる。
ふんわりとした物腰に騙されそうになるが、芯はかなり強い女だろう。
宿場街の隣に設営した陣の天幕へ彼女を通して、改めて向かい合う。
「ふむ……それで、メイリークよ。危機とはなんじゃ?」
問いかけると、メイリークは一瞬だけ息を整えた。
戦場では迷いなく槍を振るう者でも、この種の話はまた別の緊張を伴うらしい。
「……アリエル様のフィーゼルマイン王国は北国ではありますが、最北端ではありません。ですが、我がアウムドラ王国は最北の地にございます。国土の大半が雪に覆われ、耕作に向く土地も少なく、冬は長く、民の暮らしは常に厳しい」
フィーゼルマインも寒いが、まだ恵まれておる方なのだろう。
雪に閉ざされる季節はあるものの、全土が痩せ切っているわけではない。
飢えに追われる度合いが違う。
アウムドラはもっと厳しいのだろう。
「そこで……」
メイリークは、少しだけ唇を引き結んだ。
「我が国の一部が、フィーゼルマインへ目をつけました」
「……領土を奪うため、か」
「はい……戦争を仕掛けて、豊かな土地を奪う。それによりアウムドラを救う……そのような理屈です」
「「「……」」」
天幕の中が静まり返る。
同席しているサリーやフォルティア姉妹、リルがなんともいえない表情になる。
「メイリークは、それを止めたいのじゃな?」
「はい……祖国が窮していることは、理解しております。どうにかなれば、と思います」
声は静かだが、その芯は揺らがない。
「ですが、そのために他国を踏みにじってよい道理などありません。ですから、我が国の野望をフィーゼルマインへ伝えようと、こちらへ参りました。勝手に国境を越えたこと、そちらについては深く謝罪いたします。しかし、時間がなく……」
「よい。儂は、そなたを信じる」
「それは……とてもありがたいのですが、なぜ?」
「民を守ってくれたからのう」
宿場街を見捨てる選択肢はあったはず。
それでも、槍を手に取った。
……民を守るために。
「お主のようなまっすぐな者はなかなかおらぬ。ならば、信じるしかなかろう」
「……ありがとうございます」
単純に、メイリークは騎士としてとても好ましい。
このような騎士が下手な策謀を巡らせたりはしないだろう。
「ここで、戦乙女様……いえ、アリエル様へお会いできたことは幸いでした」
「儂もじゃ。運命なのかもしれぬな」
「はい、そう信じたいです」
「なにはともあれ……まずは休むがよい」
「いえ、それは……」
「色々とあって疲れているじゃろう? それに、こちらも色々と情報を整理しておきたいのでな。話を聞きたいが、しばらくは他に優先すべきことがあるのでな」
「……はい、わかりました。お気遣い、感謝いたします」
「うむ。リゼット、ミレナ」
端に控えていた二人に声をかける。
「休む場所を用意してやれ」
「承知しました」
「ミレナ、お主もつけ」
「はーい」
フォルティア姉妹が、メイリークを天幕の外へ案内していく。
槍を抱えた彼女の背は、最後まで真っ直ぐだった。
……そして、彼女の姿が見えなくなったところで。
「信じられるのですか?」
サリーが低く問いかけてきた。
「都合がよすぎると思いませんか?」
「ふむ」
「魔物を相手に一人で戦うような者です。彼女自身が魔物を誘導して、私達へ良い印象を与えるため芝居をしていた可能性もあります」
確かに、その疑いはある。
メイリークの話をそのまま信じるとしたら、あまりにも都合がよい。
アウムドラの内情を知る貴族であり騎士。
しかも良心に従ってこちらへ危機を伝えにきた、という……疑いを持つことは当然だろう。
儂らは騎士ではあるが、聖人ではない。
疑いを持つことは当然のこと……なのだけど。
「可能性はあるが、儂は疑うよりも信じたいのじゃ」
「……裏切られる可能性もありますか?」
「その時は、仕方ないと苦笑しようではないか」
「まったく……アリエル様らしいですね」
「もちろん、見張りはつけるがな」
そこで、儂は視線を横へ流した。
「というわけで、リル。頼んだぞ」
「はい!」
リルが元気いっぱいに頷いた。
役目があることが嬉しいらしい。
わんこみたいだ。
「が、がんばります!」
ぺこりと一礼すると、リルは、気配ごと消えるように出ていった。
うーん、相変わらず速い。
それに、以前よりも成長しているような気もした。
「色々と考えていらっしゃるのですね……さすがです、アリエル様!」
「持ち上げるでない」
手をひらひら振る。
「儂も間違うのじゃ。その時は、サリーが止めるのじゃぞ?」
「女神様の生まれ変わりであるアリエル様に、間違いなどありません!」
「お主の間違いを止めるのが先みたいじゃな……」
……こうして気軽に返せるくらいには、今のところ状況はまだ大きく崩れていない。
問題は山積みだけど、少なくとも考える余地はある。
その余地があるのなら、まだどうにでもできるはず。




