75話 他国の騎士
その女騎士は、巨大な槍を振るっていた。
二十代半ばほどだろうか?
長い髪を後ろでまとめていて、血と煤に汚れながらも、その立ち姿には不思議な凛とした美しさがあった。
振るう槍はしなやかで鋭く、決して大振りではない。
無駄を削いだ一撃一撃が、正確に魔物の急所を穿っていく。
……強いのう。
しかも、たった一人でこの広場を支えていた。
周囲には負傷者や避難しきれていない民がいて、女騎士はそれらを庇いながら動いているようだ。
ただ、一人で全てをカバーするには、さすがに限界が見えていた。
右へ回った一体を斬れば、左から別の群れが押す。
前へ踏み込めば、後ろへの警戒が薄くなってしまう。
善戦しているものの、じわじわと追い込まれていた。
しかし、もう問題はない。
「ゆくぞ!」
何者か、などという疑問は後回し。
今、優先すべきは街を救うこと……それだけを考えればいい。
地を蹴り、突撃。
女騎士の背後に迫る魔物を斬り捨てた。
「あなたは……!?」
「援護するのじゃ!」
「……はい! よろしくお願いいたします!」
疑問はあるはずだけど、女騎士はすぐに気持ちを切り替えて、儂に背中を預けてくれた。
いい判断だ。
頭の回転も速い。
女騎士が槍で前線を押さえて、儂が最も危険な位置を潰して回る。
互いに死角を補う形になり、戦線は一気に安定した。
二人で嵐のように暴れまわり、魔物を駆逐していく。
魔物は脅威だ。
しかし、統率があるわけではない。
こちらに戦力の芯が通れば押し返せる。
そうして戦うこと、少し……
「終わりじゃ!」
最後の一匹を斬り伏せて、ようやく広場に……いや。
街に静けさが戻った。
「アリエル様!」
「外は制圧したよ!」
リゼットとミレナを始め、団員達が追いついてきた。
外も制圧したのなら、魔物は全滅させたと判断してもいいだろう。
周囲を見回した。
怪我人は多く、涙を流している者はたくさんだ。
でも、街が壊滅したわけではない。
十分に回復することが可能なはず。
……それもこれも、女騎士がここまで持ちこたえたおかげだろう。
「状況確認と救助じゃ! 火を抑えて、そして、怪我人の治療を! これらは同時に行え! まずはこの二つを最優先とする!」
「「「はっ!」」」
部下達が散る。
儂もまた、救助へ加わった。
倒れた荷車の下から人を引きずり出し、水を運び、瓦礫をどけて、泣き叫ぶ子供を母親の元へ戻す。
広場の端では、さきほどの女騎士まで負傷者へ肩を貸していた。
ありがたい。
戦いだけではなくて救助にも力を貸してくれるのは、本当に助かる。
そして戦いが終われば、その人柄が少し見えてきたような気がした。
平時は、ふんわりとした雰囲気をまとっていた。
荒事の最中の鋭さとは違い、どこか包み込むような雰囲気がある。
きっと、清らかな心を持っているのだろう。
儂は、その一目で彼女のことを気に入った。
――――――――――
しばらくの時間をかけて救助作業などを行い、ひとまず場が落ち着いた。
被害は最低限に抑えられた。
ただ、最低限でしかない。
失ったものはある。
壊れた家、死んだ家畜、焼けた荷、怪我をした者……そして、間に合わなかった命もある。
「……っ……」
儂は拳を握る。
いつかの、あの村を思い出す。
もっと早く来ていれば……と、考えても仕方ないのだけど、考えずにはいられない。
……落ち着け、儂。
後悔はしてもいい。
だが、足を止めるな。
「……ふぅ」
そうやって心を落ち着かせたところで、改めて女騎士のところへ向かった。
「どこのどなたかわからぬが、礼を言わせてほしいのじゃ。お主のおかげで、被害は最低限に抑えられた……礼を言う。ありがとうなのじゃ」
「いえ……私はただ、私に出来ることをしただけです」
「それに」と間を挟んで続ける。
「……被害は出てしまったようですから」
そのことを憂いている様子で、暗い表情をする。
「お主が気にすることではない。むしろ、お主がいなければもっと酷いことになっていた。誇ってよいと思うのじゃ」
「はい……ありがとうございます。ところで……」
「ああ、すまぬ」
そういえば、まだ名乗っていない。
「儂は、アリエル・ノクティス・フィーゼルマイン……フィーゼルマイン王国第三王女にして、水天騎士団団長じゃ」
「あなたが……!?」
女騎士の瞳が大きく見開かれた。
次の瞬間、その場へ膝をつく。
驚く儂を見上げつつ、女騎士は深く頭を下げる。
「お会いできて光栄です、アリエル様。私は、あなたに会うためにここまでやってきました」
「む? 儂に……?」
「私は……」
女騎士は顔を上げた。
その眼差しは、先ほどまでの柔らかなものとは違っていた。
覚悟を決めた者の目だ。
「アウムドラ王国の騎士、メイリーク・エンハンスと申します」
「なに……?」
「勝手な行動の数々、罰せられて当然ではありますが……どうか、その前に私の話をお聞きください。私は……フィーゼルマイン王国に迫る危機を伝えに参りました」




