73話 夜の中庭
事件の後始末を済ませた後、儂は王の執務室へ向かった。
執務室には、父上と宰相殿。
そして、すでに兄上の姿があった。
こういう時の執務室は、戦場とは別の意味で息が詰まり、多少、緊張する。
ピシリと背を伸ばしつつ、暗殺者の国内の拠点を潰したことを報告する。
「そうか……うむ、よくやってくれた。全ての壊滅に至らないのは残念だが、しかし、少なくとも国内での活動を抑えることはできただろう」
「はい。ですが、いくつか気になることがありますのじゃ」
さらに、儂は順に話した。
相手が、こちらの侵入を見てもさほど驚かなかったこと。
むしろ、『儂が来て手間が省けた』と口にしたこと。
つまり……儂自身が次の標的にされていた可能性が高いこと。
「アリエルが……!? それは誠か?」
「はい。敵から得た情報と、拠点を調べたことで得た情報……それらを精査した結果、そのような結果が」
「むぅ……」
「それと、もう一つ。敵の一人が妙な薬を使っておりましたのじゃ。魔力と身体能力を大きく底上げするようなものです」
宰相殿が目を細めた。
「そのような薬を暗殺者の組織が独自に……?」
「その可能性はありますが……しかし、儂にはそうは思えませぬ。ただの暗殺者に作れる代物とは考えにくいですじゃ。誰かが流していた……つまり、黒幕がいる」
そこまで言うと、部屋がしんと静まった。
父上はいつになく深刻な顔で机へ肘をついて、宰相殿は頭の中で情報を整理するかのようにわずかに目を伏せる。
兄様もまた、いつもの柔らかな笑みを引っ込めていた。
「薬については確証がないため、儂の推測となりますが……」
「……もしかすると、アウムドラ王国かもしれませぬ。最近、北側で怪しい動きが増えております。それに、あの国は資源が乏しいものの、故に、薬などの技術は発展しておりますからな」
宰相殿が言う。
父上はしばらく考え込み、やがて顔を上げた。
「……ひとまず、この件は預かる。悠長にしていられないが、しかし、内容が内容だけに慎重な動きも求められる。まずは、確かな情報を集めることにしよう」
「はい」
「今回の件、完全に解決したわけではない。むしろ、ようやく入口が見えた程度だろう。だが、それでも今回は十分すぎる働きだ。よくやった、アリエル……今は休むがよい」
「ありがとうございますなのじゃ」
最後の言葉は、王ではなくて父のものだった。
儂は礼をして退室した。
扉が閉まる直前、残った三人がすでになにか話し始める気配が伝わってきた。
おそらく今夜のうちに、最低限、今度の方針を決めるのだろう。
とはいえ、そこから先は儂の仕事ではない。
いや、いずれは関わることになるのかもしれないが、少なくとも今この瞬間は、父上達へ任せるべき領分だった。
儂は……
「父上が言ったように休むとするかのう」
色々とあったから、さすがに少し疲れた。
部屋へ戻ると、サリーが待っていた。
「おかえりなさいませ。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも私?」
「なんじゃ、その選択肢は……風呂で頼む」
「はい、もう用意してあります♪」
さすがサリー、こういうところは抜かりがない。
……最初の質問は謎だったが。
その後、湯気の立つ浴室で汗を洗い流て。
寝間着に着替えた後、サリーに髪を整えてもらい、就寝準備が整う。
「今日はゆっくり休んでくださいね」
「そうじゃな……さすがに、色々とあったから疲れたのう……」
儂はそのまま、ほとんど倒れ込むようにベッドへ飛び込んだ。
ふわふわ。
ふかふか。
やっぱり自室の寝台はいい。
城の中でも、ここだけは完全に気を抜ける気がした。
「では、おやすみなさいませ」
「うむ……」
そうして儂は、あっという間に眠りへ落ちた。
――――――――――
「……む?」
ふと、目が覚めた。
窓の外を見ると、まだ暗い。
深夜……という感じだろうか?
朝にはまだ早い。
妙な時間に寝てしまったせいで、中途半端なところで目が覚めてしまったようだ。
二度寝したいところだけど、妙に頭が冴えてしまった。
「……散歩でもするかのう」
上着を羽織って部屋を出た。
夜の城は静かだった。
昼間の喧騒も、人の出入りも嘘のように薄れている。
まるで別世界に迷い込んだかのよう。
そんな廊下を抜けて中庭へ出ると、夜風が肌に当たる。
やや冷たいが、逆にそれが心地良い。
すると、その中庭の端に一つ、小さな影が立っていた。
リルだ。
「どうしたのじゃ?」
「姫様!?」
呼びかけると、リルがびくっと振り向いた。
「お主も散歩か?」
「え、えっと……はい。その……組織のことを考えていて」
まあ、無理もない。
昨日の今日で、完全に割り切れるようなものではないだろう。
「あの男の言葉に惑わされたか? ……後悔しておるか?」
「いえ、それはないです」
リルは、はっきり首を横へ振った。
「僕は、姫様のものですから。そこに迷いはないです」
「……そうか」
「ただ……割り切れないなにかもあって、ちょっともやもやしています」
「それでよい」
「えっと……いいんですか?」
「人は迷うものじゃ。迷いのない者などおらぬ。迷って迷って、それでもあがいて……きっと、その先に答えがあるのじゃろう」
「姫様も迷うんですか?」
「たっぷり、とな」
思わず苦笑した。
前世のことを思い返す。
斬るべきか、守るべきか、引くべきか、進むべきか。
答えのないまま剣を抜いた夜など、いくつあったかわからない。
今だって同じだ。
王女として、騎士団長として、そして一人の人間として。
迷わずに済むことの方が少ない。
「そうですか……姫様も……」
リルの顔が少しだけ緩む。
自分だけではないのだと、少し安心したようだった。
「抱えきれぬ時は、先も言うたが、皆や儂に言うとよい。その時は、受け止めてみせよう」
「は、はい、ありがとうございます!」
よい返事を見せて。
でも、なぜかそこで少しもじもじする。
「あの……」
「む、さっそく悩み相談か?」
「いえ……その、一緒に寝てもいいですか?」
「む?」
「なんていうか、その……なんか、今日は、さ、寂しくて。姫様が一緒だったら、嬉しいなあ……って」
「なんじゃ、そんなことか。よいぞ」
「い、いいんですか?」
「よいぞ」
「や、やった!」
今度は、わかりやすく顔が明るくなった。
やれやれ。
リルは、本当にわかりやすい。
かくして、そのまま二人で部屋へ戻り、一緒に寝ることになった。
リルは儂の隣へ潜り込むと、ほどなくしてすうすうと寝息を立て始める。
寝つきはよいらしい。
小動物のようで、素直に可愛いと思う。
「おやすみなのじゃ」
――――――――――
翌朝。
「アリエル様、朝で……ぎゃあああああああああっ!?」
ものすごく大きな悲鳴が響いたとかなんとか。




