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71話 巣の最深部

 中へ入った瞬間、空気が変わった。


 下水道の湿気とはまた違う、もっと乾いていて、もっと人の気配が濃い。

 ここは地下ではあっても、ただの空洞ではない。

 人が長く出入りして、住みつき、息を潜めて生きてきた巣だとわかる空気だった。


「誰だ!?」


 最初に気づいたのは、曲がり角の見張りだった。

 ただ、その声を上げるより早く儂は地を蹴っている。


「遅い」


 見張りの短剣を弾いて、そのままみぞおちへ蹴りを叩き込む。

 男は呻き声を上げて壁へ叩きつけられ、その場へ崩れ落ちた。


「くっ、敵襲だ!」


 こちらの襲撃が悟られてしまうが、元より、相手の巣穴で完全な奇襲が成功するとは思っていない。

 想定内だ。


「リゼット、ミレナ、左右は任せたのじゃ!」

「はい!」

「了解!」


 リゼットが一直線に前へ出る。

 正確無比な剣筋で敵の足を止めて、間合いを切り裂き、通路の片側を完全に支配する。

 その脇を抜けるようにミレナが滑り込み、隙を見せた相手から順に沈めていく。


 うむ。

 見事なものじゃ。


 暗殺者達は弱くはない。

 動きは鋭く、狭い通路の使い方も知っている。

 毒針、投擲刃、細糸……いやらしい手が多い。


 だが、正面からぶつかれば水天騎士団の方が上だ。

 地力が違う。

 自分で言うのもなんだが、儂が鍛えておるからのう。


「っ……!? 床に気をつけてください!」


 次の瞬間、足元の石が沈む。


 隠し矢の罠らしいが……

 叫ぶと同時に、リルがそこへ細い刃を投げ込んでいた。

 発射機構が狂い、矢は別の方向へ飛ぶ。

 しかも、その先には飛び出しかけていた暗殺者の一人がいて、見事に突き刺さる。


「うまいのう」

「えへ……じゃなくて、まだ来ます! ま、任せてください!」


 リルは緊張しつつも、迅速に動いてみせた。


 相手の配置と動きを読んで、逆に利用する。

 普通の針を投擲して、敵が回避したところで本命の麻痺針を投げる。

 細糸と瓦礫を繋ぎ合わせて、引っ掛けると飛んでくるように加工する。

 ……などなど。


 素早い状況判断と罠の作成により、一気に敵を制圧していく。

 こういう戦いにおいて、リルは天才と呼ぶべきだろう。


「リゼット、ミレナ、この場は任せたぞ! リル、儂と共に来い!」

「は、はい!」


 儂とリルはさらに奥へ踏み込んだ。


「……なんだ、うるせえ客だな」


 広い部屋に出た時、低い声が響いた。


 中央に粗末な机と椅子、壁際に武器棚、隅には酒樽。

 拠点の『主』が陣取るには、いかにもそれらしい場所だった。


 そこにいたのは熊のような大男だった。

 肩幅は広く、首は太く、腕など丸太も同然。

 鎧は着ておらず、布と革だけの軽装だが、むしろそれが最適解というように圧を放っている。


 見た目は力任せの乱暴者。

 だが、気配はとても鋭い。


「ったく、使えない部下が多いな。ろくに昼寝もできやしねえ、こんなガキの襲撃者なんて……あん?」


 男の視線が、不意にリルで止まる。


「リルじゃねえか。生きてたのか」

「っ……!? お、親分……さん」

「連絡がねえから死んだと思ってたが、まあいい……こい、また使ってやるよ」


 男が鼻で笑うが、


「こ、断ります!」


 リルは、逃げずにしっかりと言い返した。


「ぼ、僕はもう、姫様のものです!」

「「……」」


 場が静まった。


 言った本人が一番顔を赤くしていた。

 勢いはあるし、決意もわかるのだけど、言い方はだいぶ誤解を呼びそうだ。

 ついつい苦笑してしまうが……まあ、悪い気分ではない。


「へぇ……そうか。生きているとしたら裏切ったって考えてたが、マジか。本当にその通りだとはな。しかも、相手は噂の戦乙女……笑えねえな。ぜんぜん笑えねえよ」

「僕は……もう、組織には戻りません!」

「ま、てめえの人生だ。好きにしな。元からいらねえ欠陥品だし、どうでもいい」

「舐めた口をきくでないぞ?」

「あん?」

「儂の大事な仲間を侮辱することは許さぬ」

「事実だろ? 殺しができねえ暗殺者なんて、なんの役にも立たない。欠陥品だ。まあ……だからといって、見逃すって選択肢はねえがな。組織を裏切ったものがどうなるか……他の連中にしっかりと教育するために、ここで死んでくれや」


 大男は首を鳴らしてから、ゆっくりと拳を構えた。

 まったく隙がない。

 その拳こそが大男の武器なのだろう。


「ま、最後に役に立ってくれたな」

「え?」

「戦乙女を連れてきてくれるとは……手間が省けた」


 手間?


 その言葉に引っかかりを覚えるものの、意味を確認するよりも先に大男が動いた。

 地を蹴り、突撃してくる。


 速い!


 巨体のくせに、踏み込みが異様に速い。

 そのままの勢いで振るわれた拳は、誇張抜きに攻城兵器のよう。

 まともにもらえばそこで終わるだろう。


 儂は剣を横へ差し込み、受けるのではなく逸らした。

 それでも腕へ重みと衝撃が響いてくる。


 ……なるほど。

 この男、ただの構成員上がりではないな。


 自分をいじめるほどに徹底的に鍛え抜いている。

 実力で上に成り上がったのだろう。


「リル、援護せよ!」

「は、はい!」

「そして、決着をつけるがよい!」


 一人で戦う必要はない。

 ……この場は、リルが過去へ向き合うための場でもあるのだから。


「いいのかよ。欠陥品なんざ当てにして」

「うるさいのじゃ」

「い、いきます!」


 儂が正面から斬り込み、リルが死角から針を飛ばす。


 大男はどちらも防ぐと、カウンターの拳を放つ。

 それを儂が剣で捌いて……

 そうして儂に意識が向いた後、リルが足元へ罠具を滑り込ませる。


 大男はそれを見抜いて跳び退くが、その分だけ儂が自由に動くことができて、剣が届く。

 そんな攻防の繰り返し。

 地道な戦いで、派手な見どころはない。

 ただ、少しずつではあるが、儂とリルが押していた。


 二対一というのもあるが……

 単純に、この大男より儂の方が強い。

 地力の差だ。


「ちっ……噂は当てにならねえな。思っていた以上にやるじゃねえか」

「おとなしく降参するなら、楽に殺してやるぞ?」

「おいおい、拘束とかじゃねえのかよ」

「失敗したら殺されるのじゃろう? 手間を省いてやっておるのじゃ」

「はっ……! それが王女様の言うことか?」

「今の儂は、王女というよりは騎士団長でな。貴様のような悪は滅ぼすに限る」

「おいおい、まるで俺の負けが確定したかのような物言いだな? ……まだいけるぜ」


 大男は不敵に笑うと、懐から小瓶を取り出した。

 中には、濁った色の液体が入っていて、それを一気に飲み干す。




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