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70話 暗部へ続く道

 王国に巣食う暗殺者の組織を壊滅させる。

 そう決めたものの、さすがに勝手に動くわけにはいかず、まずは父上……王の許可を取ることにした。


 その許可は、驚くほどあっさり下りた。


 いや、正確には驚くほどでもないのかもしれない。

 相手は暗殺者の組織であり、しかも王国内に拠点を持っている。

 リルという『元構成員』の存在まで確認されている。


 危険度も、放置した場合の面倒さも明らか。

 父上としても、これ以上手の内へ置いておく理由はなかったのだろう。


 もっとも、だからといって大規模な部隊を動かすわけにはいかないらしい。


 相手が相手だけに、騒ぎが大きくなれば潜られて、逃げられてしまう。

 かといって、兄様や聖竜騎士団をぞろぞろ連れて行くのも違う。

 ゆえに今回は、儂の率いる水天騎士団が動くことになった。


 ……より正確に言うと、水天騎士団の中でも精鋭のメンバーだ。


「準備は終わったか?」


 儂が問いかけると、フォルティア姉妹を含む部下達が一斉に頷いた。


「問題ありません。装備も軽量化しました。地下での移動を優先しています」

「ポーションとかもばっちり! 地図も用意したよー」

「うむ、よろしい」


 目的地は、王都地下を走る下水道のさらに先。

 地上ではなく、地下に作られた秘密拠点だ。


 兄様が持ってきた情報によれば、下水の流れを隠れ蓑にして、かなり以前から使われていたらしい。

 まともな者なら近づかない場所なので都合がいいのだろう。

 悪党というものは、妙なところで頭が回るものだ。


 さっそく、その下水道へ入るのだけど……


「うっ……」


 ミレナが鼻を押さえた。


「きついね、これ……ぜんぜん慣れないよ」

「ええ……布で鼻を覆っているとはいえ、なかなか……」


 リゼット達だけではなくて、他の騎士達も顔をしかめていた。

 無理もない。

 地下の湿気に混じった、淀んだ水と汚泥の匂いは普通に厳しい。

 鼻へまとわりつくようで、呼吸をする度にじわじわと精神力を削られる。

 布で鼻と口を覆っていなければ、もっと酷いだろう。


 とはいえ。


「儂は気にならぬがのう」


 そう言うと、ミレナが驚いたようにこちらを見た。


「姫様、ほんとに平気なの?」

「うむ、これくらいは慣れておるからな」


 前世では、戦場の野営地や死体の転がる塹壕跡を駆け回ってきた。

 もっと酷い環境は何度もある。

 それらと比べたら下水の匂いなどかわいいもの。


「さすが姫様! 臭い耐性もばっちりだね!」

「臭いで褒められても、あまり嬉しくないのう」


 苦笑しつつ、ちらりと後ろを見る。

 リルも、まるで何事もない顔で歩いていた。


「お主は平気そうじゃな?」

「はい。こういうところ、前にもよく使ってたので……」


 暗殺者らしい生活環境だけど、その言葉は重い。

 二度とそんな生活を送らなくていいように、ここで今日、確実に組織を叩く。


 そう決意しつつ、さらに進む。


 石造りの通路は狭く、ところどころ水が滴り、足音が妙に反響した。

 火を使いすぎれば気づかれる。

 だから明かりは最小限で、気配も限界まで抑える。


 すると、先頭近くを進んでいたリルが、ふいに片手を上げた。


「待ってください」


 その一言で全員が止まる。


「もうすぐなんですけど……たぶん、そろそろ罠が……あ、あった」


 直後に自分で見つけたらしい。


 リルはしゃがみ込み、壁際の石へそっと触れる。

 細い針のような器具を袖から抜いて、石の継ぎ目へ差し込んだ。


 カチリ、という小さな音。

 ほんの数呼吸で作業は終わり、何事もなかったかのようにリルは立ち上がる。


「解除しました」

「……」

「……」


 フォルティア姉妹が、揃ってぽかんとしていた。


 無理もない。

 罠の気配を察知するのも速ければ、解除するのはもっと速い。

 芸術の域に至るかのような技だ。


「すごいのう、さすがなのじゃ」


 素直に感心したので、その頭をなでてやる。


「よくやったぞ」

「えへへ……」


 さっきまでの緊張がどこへやら、リルはすぐにわんこみたいな顔になった。

 やはりこの子、褒めるとすぐ尻尾が生えそうになる。


 その様子を見て、ミレナがぼそっと呟く。


「いいなあ……」

「うむ?」

「いや、なんでもないです。ね、お姉ちゃん?」

「そうですね、なんでもありません」


 そう言うリゼットも、どこかうらやましそうな顔をしていた。

 愉快な姉妹である。


 ……その後もリルは二つ、三つと罠を見つけては解除していった。

 床が沈めば毒針、壁の隙間には仕込み刃、曲がり角には細糸。

 嫌らしい細工ばかりだけど、その全てをリルが突破した。


 さすが、の一言に尽きる。

 それと、リルがいなかったらと思うと、少しゾッとした。


 そして、やがて……


「着きました……この先です」


 通路の先には、何の変哲もない石壁がある。

 だが、よく見れば壁の一部だけ石の積み方が微妙に違う。

 隠し扉か。


「兄様が得た情報では、中は迷路のようになっているとか?」

「は、はい」


 リルがこくこく頷く。


「まだまだ続きがあって……念のための侵入者対策で、罠もたくさん、です。あと、逃げ道もいくつかあって……あ、でもでも。そこは昨日、塞いでおきました」

「ほう……行動が早いのう。よくやったぞ」

「えへへ……」


 また撫でた。

 見えないはずの尻尾がぶんぶんと振られているような気がした。


 やっぱり、わんこか?


「では……フォルティア姉妹とリルは、儂と一緒に中へ。他は入口付近で待機し、討ち漏らしがないようにせよ。誰一人逃がすでないぞ」

「「「はっ」」」


 いざ突入となると緊張が走る。


 リルの顔がまた少し強張った。

 無理もない。

 この先は、つい先日まで自分が属していた場所で……今は、自分の命を狙う危険地帯のようなもの。

 気楽でいられるはずがない。


 儂は、そっとリルの手を握った。


「姫様……?」

「緊張するな、というのは無理じゃが、安心はしてよいぞ。儂がいるからのう」

「そうそう、姫様の言う通り。大丈夫だよ」

「ええ、落ち着きましょう」


 リゼットとミレナも左右から手を重ねる。


「私達がついています」

「そうそう、一人じゃないよ」


 リゼットが優しく言い、ミレナが明るく笑う。


 リルの喉が小さく鳴った。


「……はい」


 それから、今度はちゃんと顔を上げる。


「がんばります!」


 うむ。

 よい返事じゃ。


「では、行くぞ」





ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
途中に71話のタイトルが入っていますので、もしかしたら2話分の投稿でしょうか。 ご確認を。 とまれ、リルにとっては正念場ですね。楽しみにしています。
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