68話 弱さを分け合う者
「……え?」
ぽかんとした声が、間抜けなほど素直に漏れた。
呆れられると思っていた。
あるいは、失望されると思っていた。
せっかく拾ってもらったのに、やはりこの子は駄目だ、と切り捨てられる覚悟さえ少ししていた。
……それなのに。
アリエルの口から出たのは、まるで逆の言葉だった。
「弱いからといって、一人で背負う必要はないのじゃ。助け合うのが仲間であろう?」
リルは瞬きを忘れた。
「儂とて、色々とサリーや皆に助けてもらっておる。それに、兄様の知恵を借りることもあるし、リゼットとミレナには随分と助けられておる。他の団員達にも。それだけではなくて、城のたくさんの者にも。強いからといって、一人で全部背負っておるわけではないぞ」
実際、ここ数日見てきたアリエルは、ただ剣だけで突き進む存在ではなかった。
サリーへ頼り、兄へ相談し、部下を信じ、皆の力を使って動いている。
けれど、それでも。
「い、いいんですか……?」
喉の奥から、やっとそれだけ絞り出す。
「欠陥品の僕がいても……?」
「もちろんじゃとも」
アリエルは即答した。
迷いがなかった。
考えた末の優しさではなく、最初から答えが決まっているような即答だった。
「それと……何度でも言うが、お主は欠陥品ではないぞ」
そこで、アリエルは少しだけ口元を緩めた。
「リルじゃ」
「……っ……」
たったそれだけの言葉だった。
なのに、胸の奥へ真っ直ぐに届いた。
欠陥品ではなく、失敗作でもなく、出来損ないでもなく。
ただ、リル……と。
そう名前で呼ばれることが、こんなにも救いになるとは思わなかった。
「うぅ……」
鼻の奥がつんとする。
「うわぁ……」
止めようとしても駄目だった。
「うわああああああああん!」
結局、また泣いた。
泣きながら、リルはベッドから転がり落ちるようにしてアリエルへ抱きついた。
抱きついてしまってから、あっ、と一瞬思ったが、もう遅い。
アリエルは少しだけ目を丸くしたものの、すぐに受け止めた。
「よしよし」
小さな手が、ぽんぽんと背を叩く。
「泣くなとは言わぬが、息ができぬほど泣くでないぞ」
「む、無理ですぅ……!」
「そうか。それなら、仕方ないのう」
仕方ないで、済ませてしまう雑な優しさが、妙にありがたかった。
――――――――――
リルが落ち着きを取り戻した頃。
「失礼します」
サリーが部屋に入ってきた。
なにも見てません知りません、という顔をしているが、きっと様子を見ていたのだろう。
そういう侍女だ。
今はそっと見守る……
そんなサリーの気遣いと優しさを感じた。
なんだかんだ、ちょっと暴走することが多い侍女ではあるが……
儂の自慢の侍女でもある。
そんなサリーの手には、湯気の立つ茶器と小皿に乗せた菓子が。
「これで落ち着いてください」
「は、はい……ありがとうございますぅ……」
リルはまだ少し目を赤くしながら、両手で茶器を包んだ。
温かいのだろう。
肩の震えが少しだけ収まっていく。
儂もまた椅子へ深く座り直し、菓子を一つ摘まんだ。
「まあ……悩むのはよい。が、儂らを頼れ。仲間なのじゃからな」
「は、はい……」
リルは小さく頷く。
それから、少し迷ったように視線を揺らし……やがて、意を決したように言う。
「その、さっそくいいでしょうか?」
「なんじゃ、なでなでか? あれは気持ちいいのう」
「そうですね……って、違います! あ、でもでも、また姫様に抱きしめてほしいのは確かなんですけど」
「……へぇ」
サリーの周囲だけ空気がごごご、と音を立てそうなほど重くなった。
実にわかりやすい反応なのだけど、怖いのでやめてください
「僕、暗殺者の組織にいて……かなり悪い組織で。脱走者とか、裏切り者は許さないんです。たぶん、追っ手が来ると思います」
言い切った後で、リルは深く俯いた。
「ごめんなさい。黙っていて……怖くて、捨てられたくなくて、言えませんでした」
「言えたではないか」
「それ、は……」
「お主は色々と気にしすぎじゃな」
リルの頭を撫でる。
「あ……」
「偉いぞ」
「で、でも……」
「だから、気にするでない。そうじゃな……言えた褒美に、儂が守ってやろう。儂の使命は、国と民を守ること……そして、今はお主も民である。守ろうではないか」
「……っ……」
リルはまた泣きそうになったが、今度はちゃんと堪えた。
泣く代わりに小さく頷く。
「……はい!」




