65話 レイスの速さと王女の勘
翌日。
訓練場へ集められた水天騎士団の面々を前にして、儂は胸を張った。
「というわけで、新しい仲間なのじゃ!」
「よ、よろしくお願いしますぅ……」
儂の横で、リルがぺこりと頭を下げる。
相変わらず、小動物そのもののようにおどおどしていた。
「あら、可愛い子ね。ふふ、お姉さんが色々と教えてあげる♪」
「やめなさい、バカ。怯えさせてどうするのよ」
「諜報担当って聞いているけど、どんな力を持っているのかしら?」
「一緒にお風呂入りたい……はぁはぁ」
大半は好意的でいいことなのだけど……
最後のはなんだ?
なにか怪しい言葉が聞こえてきたぞ。
ただ、全員が手放しで歓迎というわけでもない。
フォルティア姉妹は少しだけ複雑そうな顔をしていた。
「ねえねえ、姫様。なんか小動物っぽいけど、大丈夫なの? うち、けっこう大変だと思うけど」
「斥候とか諜報担当、ということらしいですが、それをこなすことが可能なのでしょうか?」
まあ、当然の反応だ。
リルは態度が弱々しく、戦う者の雰囲気を持っていない。
優しくする、面倒を見るは別にして……
本当にやっていけるのか? という疑問を抱くのは至って普通だろう。
とはいえ、この反応は予想できていたので、対策も考えている。
「では、お主らとリルで模擬戦をするかのう」
「姫様ぁ!?」
リルが情けない声を上げた。
「な、なんでそうなるんですかぁ!?」
「とてもわかりやすいからじゃ」
力を示す、ただそれだけでいい。
「え、模擬前しちゃってもいいの?」
「それは……少し楽しみかもしれませんね。色々と疑問はありますが、しかし、アリエル様が連れてきた方ですから」
「きっと強いんだろうね。楽しみかも!」
ミレナとリゼットは、とてもやる気だった。
こうなると、もう止まらない。
そのことをリルも本能で察したらしく、諦めたようにうなだれる。
「う、うぅぅぅ……わ、わかりました……や、やりますぅ」
押し切られたリルが、しぶしぶ訓練場の中央へ出る。
ミレナも移動して……
「ミレナとリゼット、二人でやるがよい」
「え?」
「……ちょっと姫様。それはさすがに、私達を舐めすぎじゃない?」
「単純な戦闘なら、二人の方が強いじゃろうな。ただ、今回はちとルールを変えさせてもらう。一撃でも相手に攻撃を届かせた方が勝ち。どうじゃ?」
「それでも、私達の方が……」
「やめなさい、ミレナ」
不満そうなミレナをリゼットがたしなめた。
「アリエル様が言うのだから、私達はそれに従うだけです」
「……はーい」
「リルさんも、それでいいですか?」
「は、はぃ!」
それぞれ納得した様子。
改めて向き合う。
周囲の団員達も興味津々で見守っていた。
儂は審判役を務めることにして、間に立つ。
そして、手を挙げて……
「始め!」
「っ……!」
合図と同時にリルが動いた。
「なっ……!?」
「速い!」
リルの姿が、ふっと消えた。
いや、消えたのではない。
速すぎるのだ。
細い体が低く沈み、足音ひとつ残さず間合いを外れる。
正面へいたと思った瞬間には側面へ。
側面を追えば背後へ。
背後へ回ったかと思えば、もう数歩先へ抜けている。
「ちょ、ぜんぜん見えないんだけど!?」
ミレナが剣を振るが、なにも捉えることができず空を切る。
「右です!」
リゼットが指示を飛ばすが、その右にはもういない。
フォルティア姉妹は決して弱くない。
むしろ、水天騎士団でも上位の実力者だ。
その二人が、ここまで捉えきれないとなると、リルの実力は『本物』ということになる。
「でも、攻撃してこない!」
リルは、ただひたすらに避けていた。
いや、逃げていた、というべきか?
間合いへ入っても決定打を打たない。
様子を窺い、位置を変えて、視線の外へ滑り込み、また消える。
別に殺すわけではないのだから、軽くこん、と一撃やればいいのだけど……
それもできないとなると、なかなかの問題児である。
まあ、諜報活動専門なら戦闘はあまりないだろうし、追々、矯正していけばよいか。
……結局、決定打のないまま時間だけが過ぎて、模擬戦は引き分けになった。
「はぁ……はぁ……」
リルは息を切らしているものの、怪我ひとつない。
結局、全てを避けてみせた。
一方で、フォルティア姉妹はかなり本気で追い回したらしく、けっこう疲れているようだ。
ただ、その表情はキラキラと輝いている。
「おおおおおぉ、すごい!!! ぜんぜん当たらなかった! 私、途中からめっちゃ本気でやってたのに、でもダメだった!」
「私もです。本当に見えませんでした……気配もないに等しく、影すら見えないことも多々。そうですね……これなら諜報活動にぴったりだと思います」
「ごめんね、疑ったりして」
「これからよろしくお願いします」
「は、はい……?」
リルは、ぽかんとしていた。
簡単に受けいられることに、なんで? と思っているのだろう。
とはいえ、簡単というわけではない。
リルは、しっかりと己の力を示した。
フォルティア姉妹を相手にして、手玉に取るほどの力を。
だから、認められたのだ。
それは他の団員達も同じ。
皆、温かい表情をしている。
「どうじゃ、やっていけそうか?」
「えと、その、あの……が、がんばれるかも、です!」
「かも、か。まあ、今はそれくらいでよいじゃろう」
苦笑しつつ、儂も木剣を手に取る。
「では、次に儂とやるか」
「えぇ!?」
今度こそ、リルが本気で悲鳴を上げた。
「試してみたい、久々に戦士の血が騒ぐのじゃ」
「いや、そんな物騒な言い回しで迫らないでくださいぃ……!」
「よいから来い」
「わ、わかりましたぁ……!」
半ば強引に、第二戦開始。
今度はリゼットが審判を務めた。
その合図と同時に、リルの姿がまた消えた。
速い。
フォルティア姉妹が追いつかないのも当然だ。
歩法そのものが特殊なのだろう。
単なる脚力の速さだけではない。
体重移動、呼吸、足裏の置き方、視線の切り方……全部が見つからないことに最適化されていた。
儂の目でも追いきれない。
「ほう……」
面白い。
思わず笑みが漏れる。
試しに追いかけてみたが、無駄だった。
姿を捉えたと思った時には、もうその場所にはいない。
残っているのは残像だけ。
時折、こちらを窺う気配が伝わってくる。
おそらく、それが彼女なりの斬るタイミングなのだろう。
相手の隙、呼吸、意識の流れを見て、最適な位置へ滑り込むという戦い方に特化しているようだ。
とはいえ、その性格のせいで攻撃に転じられないようだが。
「ふむ」
儂は追いきれない。
リルは攻められない。
このままだと、フォルティア姉妹と同じようにドローになってしまう。
それは困る。
儂は……負けず嫌いなのじゃ。
「……」
木剣を下げて、わざと少し隙のある構えを取る。
さらに……目を閉じた。
「「「えぇ!?」」」
周囲がざわついた。
リルも困惑した気配を漏らした。
ただ、リルは止まらない。
油断せず、警戒はしている様子。
その証拠に、さらに撹乱の幅を広げていた。
左、右、背後、正面……わざと複数の可能性をちらつかせて、こちらの予測を散らそうとしてくる。
賢い。
そして、逃げに徹しておるように見えて、獲物を見る目は消えていない。
鍛えれば、将来はいい戦士になりそうだ。
その時が楽しみだ。
故に……今は負けられない。
「……」
目で追えないのなら気配を追いかければいい。
それでも難しいのなら、今まで見た動きから次を読めばいい。
リルの気配を追いかけて、そして、その行動を予測する。
読め。
読め。
読め。
そして、全てを把握しろ。
「……来る」
最善のタイミングを読み取り、儂は目を開いた。
同時に、横へ半歩。
「きゃっ!?」
そこへ飛び込んできた細い腕を、がしりと掴んだ。
ついでに腰へ手を回し、そのまま動きを止める。
「捕まえたぞ」
「えぇぇぇぇ!? ど、どうやって……!?」
「なに、目で追えないのなら気配を辿ればよい。まあ、お主の場合、気配を辿るだけでは難しいからな。今までの動きを見て予測を立てたが」
「そ、そんなことをしてしまうなんて……」
リルは、ぽかんと口を開けた。
姉妹も団員達も、一瞬遅れて感嘆の声を漏らす。
「す、すごいです!」
「この短い間で、そこまで……!?」
「さすが姫様……」
「やっぱり団長、規格外すぎるわ……」
ううむ、こそばゆいのう。
だが、褒められるのは嫌いではない。
儂の鍛錬の成果を認められているような気になるから。
「試合は儂の勝利じゃが……しかし、これで確信した。お主ならば、きっと素晴らしい働きをしてくれるじゃろう」
「そ、そうでしょうか……?」
「うむ、儂が保証をする。儂が信じられるぬか?」
「い、いえ! 姫様なら……信じますぅ!」
「うむ、信じるがよい。そして……いや、これはまた今度でよいな」
自分も信じろ。
そう続けようとしたが、その言葉は飲み込んだ。
リルは、ここまでの能力、才能を持っているのに、落ちこぼれ扱いされていたのか?
確かに、人を殺せない暗殺者というのはダメすぎるが……
それでも、無能呼びはないだろう。
どうにかこうにかして戦力にするだろうし。
それが無理だとしても、諜報活動として大事にするはず。
それをしないということは……ふむ。
どうにも、しっくりこないのう。
リルにはまだ、なにか別の事情がありそうだ。
それがなんなのか?
儂は少しだけ興味を深めた。




