63話 諜報員候補
その後、儂と兄様は、リルを連れて父上の執務室を訪れた。
もちろん、全てをそのまま話したわけではない。
リルは、儂が新しく雇った諜報員という設定にした。
水天騎士団には後方支援のサリーがいるけれど、実働の諜報員はいない。
あくまでもサリーは後方支援に長けているだけで、荒事をこなす力はない。
そこで、腕の立つ流れ者を拾い上げた、という筋書きである。
その上で、アウムドラ王国が儂について調査を進めているらしい、という情報だけを父上に伝えた。
「むう……」
父上は机の向こうで肘を組み、ゆっくりと考え込んでいる。
儂と兄様は静かに控えていた。
必要以上に口を出さない。
そうして、答えが出るのを静かに待つ……そうやって、この報告の『整い』を感じさせることが大事だ。
「……ただ興味を持っただけか。あるいは、将来の障害となり得る相手として調査しているのか。どちらにせよ、問題であることに変わりないな」
「敵対関係に発展する可能性もあります故、先にお耳へ入れておくべきと考えました」
「うむ、よくやった。貴重な情報だ。すぐに対処しよう……セイファートもそれでいいな?」
「はい、問題ありません」
こうして小さな会議は終了。
リルの問題は解決。
重要な情報の問題も解決。
たぶん、最善を掴むことができたと思う。
執務室を辞して、儂達は私室へ戻った。
扉を開けると、サリーがいつものように迎える。
「おかえりなさいませ。どうでした?」
「うむ、父上は調査を進めるらしい」
「抗議はなさらないのですね……慎重ですね」
「いきなりは難しいじゃろう。しらばっくれられても困るし、裏付けが必要なのじゃろう。儂も、そういう外交を少しずつ理解してきたところじゃ」
するとサリーが、すかさずにこりと笑った。
「王族に勉強が必要なところも理解してほしいです」
「むぐぅ……」
そこへ繋げるか。
油断ならぬ侍女である。
「それはともかく」
兄様が苦笑しつつ、視線をリルへ移した。
「この子はどうするんだい?」
リルは、部屋の隅でちょこんと座っていた。
まだ緊張は解けてないらしく、目だけが不安そうにきょろきょろしている。
「ひぃ……や、やっぱり、ここから拷問ですか?」
「違う」
儂は即答した。
これはもう、先ほど父上へ報告しに向かう途中で決めていた。
というか、報告した通りにするつもりだ。
「お主、儂に仕えよ」
「……え?」
「サリーには色々と担当してもらっておるが、実際の諜報活動を行う者がおらぬのでな……その点、リルならぴったりじゃろう」
「ふへぇ……」
ぽかーんと、すごく驚いている様子だ。
それもそうだろう。
敵国に捕まったのに、なにもされず、むしろかばわれて、そのままスカウトされるなんて誰も思わないはず。
「ぼ、僕を……スカウト、ですか?」
「うむ」
「なんで……?」
「どうせ任務に失敗したのだから、元いた場所へは戻れぬじゃろう?」
「それは……」
リルの喉が詰まる。
アウムドラ王国の軍関係者から仕事を受けたものの、失敗して捕まった。
仮に今すぐ解放したところで、向こうが失敗者をそのまま迎えるとは思えない。
むしろ、口封じの方が先に来る可能性が高い。
「ならば、儂のところへ来る方が安全じゃ」
「安全、って……」
「少なくとも、すぐには死なぬ」
「基準が怖いですぅ……!」
リルが涙目になった。
だが、そこは本当にそうなのだから仕方ない。
「ついでに言うと、守ってやるぞ」
「え?」
「話を受けたら、儂の部下になるわけじゃからのう。仲間は守る。なにがなんでも」
「……」
「どのような相手が来たとしても、儂が斬り捨ててくれようではないか……仲間じゃからのう」
「……少し考えさせてください」
「うむ。考えがまとまるまではこの部屋にいるとよい。外には出られぬがな」
「え、反対です!」
サリーが即座に手を上げた。
「サリー?」
「アリエル様と同じ部屋なんて、うらやま……」
一拍おいて、
「……なにかあったらどうするんですか!?」
「本音が漏れておるぞ」
まったく、隠す気があるのかないのか。
「ですが、危険ではあります。この子が本当にこちらへ従う保証はまだありません」
「確かにそうだね」
兄様が頷いた。
ただ、反対というわけではないらしい。
「とはいえ、内緒にしたいのならアリエルが匿うのが一番かな? 王女の私室なら人払いもしやすいし、外へも漏れにくい。勝手に入る者なんて、まずいない」
「うむ、故に儂の部屋が一番なのじゃよ」
「うううーーー……」
サリーがものすごく悔しそうにしていた。
この侍女、とても厄介な感情をたまに見せるから困る。
ふと、兄様が部屋の扉に向かう。
「僕は僕で、ちょっと気になることがあるから調べておくよ」
「気になること?」
「リルのことも、アウムドラ王国のことも……まあ、色々と引っかかることがあってね。下手な情報で混乱させたくないから、気になる、っていうくらいで。大丈夫。後で知ったとしても、それが致命的にはならないようなものだから」
「ふむ? まあ、兄様がそう言うのなら、おまかせしますのじゃ」
「うん、任せておいて」
兄様は軽く笑い、部屋を後にした。
ひとまずの方針は決定。
父上は外交面の調査へ入る。
兄様は独自に何かを探る。
サリーはリルを監視しつつ、普段通り儂の支えとなる。
そして儂は……
「……」
視線をリルへ向ける。
リルはまだ、ひどく動揺しているようだった。
助かった、という安堵でもない。
脅え切っているだけでもない。
もっと複雑な……立ち位置を見失い、足元が消えた者のような揺れ方だった。
「僕が……僕が、誰かに仕えるなんて……そんなこと、できるのかな……?」
その言葉には、単なる驚き以上のものが滲んでいた。
そこになにがあるのか。
どのような過去が、そう言わせるのか。
少し気になる、と素直に儂はそう思った。




