60話 平和と、そして……
数日後。
念の為に様子を見て、問題がないと判断して村を発つ。
そして王都へ戻った儂達は……それなりに怒られた。
独断専行について、協約違反について、団長としての責任感について。
その他諸々について。
もっとも、宝をきちんと回収しておいたこともあり、想定していたほど大きな問題にはならなかった。
冒険者ギルドからは小言を言われた程度。
兄様からは、みっちりと説教を受けたが……まあ、その程度で済んだのでよしとしておこう。
そして、この一件を経て儂の評価はさらに上がった。
水天騎士団の名も広まり、民の間ではもはや完全に『女神様の生まれ変わり』として信じられているらしい。
いや、戦乙女なのだけど……
どうにも、この認識だけは修正される気配がない。
まあ、それはともかく。
「平和が一番じゃな」
儂は私室の窓辺へ立ち、晴れ渡った空を眺めた。
青い空の中を白い雲がゆっくりと泳いでいる。
風も穏やかで騒ぎもない。
こういう日こそ平和のありがたみを実感できる。
「ほれ。見よ、サリー」
振り返りつつ、言う。
「こんなにも天気がよい。今日という日は、平和を喜ぶべきではないかのう。一緒に散歩でもせぬか?」
「ダメです♪」
にっこりと、実にいい笑顔で拒否された。
「これから礼儀作法のお勉強の時間です」
「くうっ……!」
水天騎士団の団長にはなり、それなりに実績も立てたのだけど、王女という立場だけはどうやっても変わらない。
つまり、勉強から逃げられないということだ。
「さあ、がんばりましょう!」
「ひぃ……」
その後、儂はみっちりと礼儀作法を叩き込まれた。
――――――――――
数時間後。
「……疲れた……」
儂は机へ突っ伏していた。
魂が抜けるとは、たぶん、こういう状態を言うのだろう。
ただ、まだ終わりではない。
「では、次は座学ですね」
「……さらばじゃ!」
「アリエル様!?」
サリーが次の教材を出そうとした、そのわずかな隙を突いて儂は窓から逃げた。
これは、ただの逃亡ではない。
騎士団長として、城下町を視察する必要がある、と判断したのだ。
つまり、任務!
ならば仕方ない。
仕方ないったら仕方ない。
そう自分へ言い聞かせながら、儂は城下町に出た。
王都は今日も賑やかだ。
露店の呼び声、荷車の軋む音、子供達の笑い声、焼き菓子の甘い匂い……人々が暮らしている音が、そこかしこから響いてくる。
「あっ、姫様だ!」
「アリエル様に会えるなんて、今日はなんて素敵な日なのかしら」
「はぁ……とても可愛らしいですね♪ でも、それだけではなくて凛々しい」
変装なんてしていなかったので、すぐに気づかれてしまう。
……まあ、よいか。
本当は、王族の威厳がどうとか宰相殿あたりに怒られそうだ。
ただ、民の声を直に聞くことも大事。
母様はそうしていたと聞くから、ならば儂も同じことをするまで。
「皆、元気そうじゃな。なにか問題はないか?」
「ええ、大丈夫ですよ! 姫様のおかげで、なにも問題ありません」
「姫様は、最近、とても活躍されているそうで……」
「やはり、女神様の生まれ変わりなんですか?」
「いや、黒騎士なのじゃが」
「え?」
「なんでもない」
時々、足を止めて話をして。
それから別のところに移動して、また話をする。
八百屋の店主が最近は盗賊が減って助かると言い、パン屋の娘が水天騎士団は格好いいと目を輝かせて、子供達が正義仮面の真似をしながら走り去っていく。
幸いなことに、儂はそれなりに慕われておるらしい。
こそばゆい。
が、嬉しい。
この笑顔を守ることこそが、母様の愛した国を守ることに繋がる。
そう思えば、こういう時間も決して無駄ではないはず。
「……む?」
ふと、妙な気配を感じた。
こちらを見ている。
それだけではなくて、刺すような強い意思を感じる。
距離を測りつつ、観察して、機を窺っているかのような……
「姫様?」
「……すまぬ、ちと用事ができた」
話していた者にそう断りを入れて、儂は地面を蹴り、跳躍した。
そのまま家の屋根に飛び乗る。
「姫様が飛んだ!?」
「鳥!? 天使!? いいえ、女神様よ!」
下で悲鳴めいた歓声が上がるが、気にしている場合じゃない。
感づいたのか、妙な気配は移動を始めていた。
巧みに人混みを避けて、建物の陰を伝う。
気配を殺そうとしているが……甘い。
殺気というほど露骨ではないにせよ、隠れ慣れた者独特の癖がある。
屋根から屋根へと駆ける。
風が頬を打ち、王都の喧騒が下へ流れていく。
ほどなくして人影が見えてきた。
路地裏に滑り込むようにして逃げていく。
儂も路地裏へ。
そして、加速。
人影との距離を一気に詰めて、同時に剣を抜いて……
「動くな」
「ひっ!?」
首筋に刃を突きつけると、情けない悲鳴が上がる。
相手は、黒ずくめで小柄だ。
フードを目深に被り、いかにも怪しい。
怪しいのだけど……その悲鳴が予想以上に気弱で、まるで小動物みたいで、こちらの調子が少し狂う。
「い、いつの間に……!?」
「お主、何者じゃ?」
低く問う。
下手な答えだと容赦はしないぞ、と言外に脅す。
黒ずくめは、がたがたと震えた。
それから、観念したようにおずおず口を開く。
「えっと、その……あ、暗殺者ですぅ……」
「は?」
間の抜けた返答に、思わず素の声が出た。




