59話 母が遺したもの
後処理は地味で面倒で、しかし重要だ。
村へ戻るや否や、儂は待機させていた団員達へ宝の回収命令を出した。
フォルティア姉妹は半ば強引に休ませた。
二人共、元気そうに見えて相当に消耗している。
説教して反省はさせたけど、だからといって倒れるまで使うつもりはない。
「団長、それをこちらへ」
「うむ、丁寧に扱え。あとで数を確認する」
魔石、装飾品、古い武具、素材。
どれもダンジョンの戦利品であり、そして立派な証拠だ。
ギルドへの説明、協約違反への謝罪、今後の調整……そうしたもの全てに、この戦利品が利いてくる。
サリーもまた、忙しそうに動き回っていた。
「こちらが報告書の下書きです」
「早いのう」
「アリエル様が暴れた後の片づけは、手早さが命ですので」
「暴れたと言うでない」
「事実ではありませんか。部下が勝手に出ていったことは怒るのに、アリエル様も勝手に出ていくんですから」
「むぐ……」
サリーと協力して報告書をまとめる。
村での被害状況、ダンジョン発見の経緯、魔物襲来の危険性、緊急対応に至った理由……さらに宝の回収量や冒険者ギルドへ対する謝罪と釈明の文面まで整えた。
かなりの大仕事。
気がつけば半日が経っていて、陽が暮れていた。
ダンジョンから帰ってきたのは朝なのに……
時間が流れるのは早いのう。
そうして一区切りついたところで村長がやってきた。
「姫様……もう問題がないというのは、本当なのでしょうか?」
「うむ、安心してよいぞ。魔物は残っていないし、ダンジョンもじきに消える。儂らは色々と調整がある故こうしているが、それは儂らの問題。村は、もう大丈夫じゃ」
「そ、そうですか……まことに、まことにありがとうございました!」
村長の表情が柔らかくなり、深々と頭を下げた。
「姫様は、村の恩人です……それに、村を救っていただけるだけではなくて、リゼットとミレナも助けていただいたそうで」
「儂の部下じゃからな。当たり前のことじゃ」
「それでも、ありがとうございます。皆、あの子らを自分の子のように思っております。本当に……本当にありがとうございます」
その声には、村全体を代表するような重みがあった。
「なに、気にするでない」
儂は軽く手を振る。
「それもまた、儂の使命じゃ」
「ですが、それでは……姫様。もしよろしければ、今夜、宴を開きたいのですが」
「む? 別に気にするでないぞ」
「いえ。どうか、それくらいのことはさせてください。皆がそう望んでおります」
ふむ……そこまで言われて断るのも、むしろ無粋か。
「わかった、世話になろう」
「はい」
――――――――――
そして、夜。
ささやかながらも、村では宴が開かれた。
広場に長机が並べられて、料理と酒が運ばれて、火が焚かれる。
王都の舞踏会のような華やかさはないが、その代わり、ここには人々の暮らしの匂いがあった。
焼いた肉の香り、湯気の立つ煮込み……そして笑い声。
そうしたものが一つ一つ、全て宝物なのだろう。
「姫様、こっちのお肉どうぞ!」
「このパン、焼きたてですよ!」
「酒は……あっ、姫様はまだ駄目か!」
「当然じゃ」
いやはや。
歓待のされ方に勢いがあるのう。
「それにしても、まさかダンジョンを一人で踏破してしまうなんて……さすがアリエル様だ!」
「噂はあてになりませんね。天使って聞いていましたけど、これはもう、女神様の生まれ変わりじゃないかしら?」
いや、黒騎士なのじゃが。
内心でつっこむ。
どうして皆、そこまで女神へ寄せたがるのか。
儂としては、前世の重みを考えればむしろ黒騎士寄りの方が自然なのじゃが。
黒騎士は知らないので仕方ないとしても、せめて戦乙女だろうに。
……いや、見た目が幼女である以上、無理もないのかもしれない。
「はっはっは、正義仮面、参上! 悪者は成敗だー!」
「くらえ、必殺スラッシュ!」
「ぐわー、やられたー」
……誰だ、広めたのは?
いや、どう考えてもフォルティア姉妹だ。
説教追加決定である。
でも、まあ。
子供達が楽しそうに騒いでいるのを見ると、強く否定する気も失せる。
村が助かり、笑顔が戻った……それでよしとしておくか。
しばらくして、村長が改めて儂のところへやってきた。
「姫様。本日は、まことにありがとうございます」
「気にするでない、好きでやったことじゃ」
そして、ふと思い出す。
「ところで……以前、村は母様に救われた、という話を聞いたのじゃが?」
「はい、その通りです」
「リゼットとミレナから少し聞いてな。よければ、その話を詳しく聞かせてもらえないかのう?」
母様が、どのようにこの村へ関わり、どんな顔をして、なにを残したのか。
儂はそれを知りたい。
村長は、しばし驚いたような顔をした後、深く頷いた。
「もちろん、問題ございません」
そう言って、少し遠くを見るような目になる。
「ミリアム様は……本当に、お優しい方でした」
村長曰く……
寒さに耐えきれずにいた村の家々へ、母様はすぐに支援を入れた。
それだけではなくて、壊れた水路を綺麗に整えて。
さらに、村長だけではなくて若い衆や老人、女達の話まで自ら聞いて、問題点を徹底的に洗い出して改善した。
恵むのではなくて。
知識と技術を与えることで、この村が長く生き残れるよう整えたのだ。
派手ではないし、英雄譚のようなきらめきもない。
だが、確かに、そこには人の暮らしを守る優しさがあった。
「……そうか」
話を聞き終えた時、胸の奥へじんわりと温かいものが広がっていた。
村人の笑顔を守ることができた。
そして、母様の話も聞くことができた。
これ以上の報酬が他にあるだろうか?
「よい話を聞かせてもらった……礼を言うぞ、村長」
「このような話でよければ、いくらでも」
「なんと、まだあるのか。ぜひ、聞かせてほしいものじゃ」
「はい、もちろんです。では、あの時の話を……」
村長の話が続いて、さらに母様のことを知ることができた。
そうして母様が愛したものを知れば知るほど、儂は、守りたいという想いが強くなっていくのだった。




