58話 破り捨てた辞職届
ダンジョンの外へ出た時、空はすでに夕暮れへ傾き始めていた。
地上の風はひんやりとしていて、地下の湿った空気を肺いっぱいへ溜め込んでいた身には妙に軽く感じられる。
ダンジョンの核は破壊した。
とはいえ、すぐに崩壊することはない。
数日の時間をかけて、じわじわと薄れていくことだろう。
とはいえ、魔物が生まれることはない。
誘うこともないから、なにも問題はない。
「姫様!」
「アリエル様!」
ダンジョンの外で待っていたフォルティア姉妹が嬉しそうに駆けてきた。
「じゃから、儂は姫ではないと……」
「え? それ、いつまで……っていうか、まさか本気でバレてないと思っている?」
「アリエル様……さすがにそれは無理があるかと」
「なんと!?」
完璧な変装なのに、なぜ……?
「よくぞ見破った! 正義仮面の正体……実は、この儂、アリエルじゃ!」
「いや、知ってるから」
「アリエル様も子供らしいところがあり、安心しました」
ええい、生暖かい目はやめろ!
「ところで、ダンジョンは……?」
「うむ、問題はないぞ。核は破壊してきた。数日で消えるじゃろう。ついでに、道中の魔物もすべて殲滅してきたから、もう村が襲われる心配はないじゃろう」
「よかったぁ……」
ミレナが、その場へへなへなと座り込みそうになる。
「というか、殲滅までされてしまうとは……やはりさすが姫様です」
リゼットは感嘆半分、呆れ半分の顔で小さく頭を振った。
うむ、それくらいは当然だ。
とはいえ、今は自慢している場合でもない。
「宝はどこじゃ?」
「そちらへまとめています」
少し離れた場所に姉妹が回収した品が積み上げられていた。
魔石、武具、古い装飾品、そして換金できそうな資材類。
できたばかりの浅いダンジョンなので飛び抜けたものはなさそうだが、それでも十分な量ではある。
儂が回収した蜘蛛の魔石も合わせれば、いい金額になるだろう。
「村に待機させておる部下を呼んで運ぶとしよう」
「やったー、お宝!」
「儂らのものではないぞ?」
「ええ!?」
「……もしかして、冒険者ギルドへ?」
「うむ、その通りじゃ。リゼットは察しがいいのう」
「どういうこと???」
きょとん、とするミレナに説明する。
「協定を破ってしまったからな……このままではまずい。じゃが、宝があればギルドも多少は納得しやすくなる。なにもせずに宝が入るのなら、そこまで大きな問題にはならぬよ。できたばかりのダンジョンじゃったしな」
「なるほど……そこまで考えていたんだね、さすが姫様!」
「ふっふっふ」
「でも、正義仮面はちょっとないかなー」
「ええい、蒸し返すでない!」
ミレナが楽しそうに笑い、リゼットもくすりと笑う。
やれやれ。
一件落着、みたいな雰囲気になっているが……
まだ根本的なところは解決していない。
「で……お主らは、まったく後先を考えておらなんだようじゃが?」
ぴしり、と空気が固まった。
ミレナの笑顔が引きつる。
リゼットも、さっと背筋を伸ばした。
「言うてみよ。辞職届を置いて勝手にダンジョンへ潜る。それでなにがどう丸く収まると思った?」
「それは……」
「だって、そうしないと村が……」
「行動が浅はかすぎる」
反論を許さず、ピシャリと告げた。
「団を辞したところで、それだけでギルドが納得するはずもない。宝があって、始めて交渉することができる、という感じじゃな。そもそも、お主らは肝心のボス相手にやられかけておったではないか。行き当たりばったりにもほどがある」
「……申しわけありません」
「うぅ……ごめんなさい」
リゼットとミレナは、とても申しわけなさそうにしつつ、頭を下げた。
しっかりと反省している様子ではあるが、ここはきっちりと言うべき。
「故郷を守りたい気持ちはわかる。じゃが、それで自分達が勝手に死にに行ってよい理由にはならぬ。まして、団長へ黙って消えるなど論外じゃ」
「うん……」
「それに、辞職届など置けば儂が納得するとでも思ったか?」
「……思ってませんでした」
「ならばなお悪い!」
叱る。
叱って叱って叱りつけたい気分だった。
ただ、ある程度言ったところで、胸の奥に渦巻いていた怒りはじわじわ別のものへ変わっていく。
よかった、という安堵だ。
ミレナとリゼットが無事でよかった。
大事な部下を……仲間を失わないで本当によかった。
儂は小さく息を吐くと、しょんぼり縮こまっておる二人の前へ歩み寄る。
「……まったく」
そして、そのまま二人の手を左右からそれぞれ取る。
「姫様……?」
「アリエル様……?」
「なにはともあれ、お主らが無事でよかったのじゃ……本当に」
声は思ったより小さくなった。
だが、それで十分だったらしい。
リゼットが目を見開き、ミレナはぐっと唇を噛む。
次の瞬間、二人は揃って深々と頭を下げた。
「申しわけありません!」
「本当にごめんなさい……!!!」
声が震えている。
ようやく本気で、自分達がどれほど心配をかけたのかを実感したのだろう。
「どのような罰も受けます」
「私も!」
「ほほう、言うたな?」
儂はにやりと不敵に笑い、懐から二人の辞職届を取り出した。
二人の顔が強張る。
ただ、儂はそれを読み上げることも突き返すこともしないで……
その場で、びり、と破いた。
さらに何度も破き、紙片へ変えて風へ放る。
「姫様……?」
「それは……」
「これからも儂に仕えよ、それを罰とする……よいな?」
少しの沈黙。
それから、姉妹は同時に涙ぐみながら、しかし晴れやかな顔で頷いた。
「「はい!!」」




