55話 置き去りの辞職届
「アリエル様!」
フォルティア姉妹がいない。
その違和感に小首を傾げていると、サリーが慌てた様子で駆けてきた。
その手には、手紙のようなものが握られている。
「リゼットさんとミレナさんの天幕を調べてみましたが、このようなものが……」
「これは……」
『辞職願』と書かれた紙が二人分。
しかも、酷いものだ。
文面は一応それらしく整えようとした痕跡があるのに、ところどころ文字が荒れていて、言い回しも妙にぶつ切り。
急いで書いたのが丸わかりだ。
……まとめると、こういうことだ。
自分達は独断でダンジョンへ向かう。
規律を破る以上、水天騎士団にはいられない。
先に辞めてしまえば、団にもアリエルにも迷惑をかけずに済む。
故に、ここで辞職する。
「……あの阿呆共め」
ついつい辞職願をくしゃりとしてしまう。
「これなら迷惑をかけない、と考えたのでしょうね。非常に不器用で、非常に短絡的で……でも、とてもあの方達らしい判断です」
「褒めるところではないぞ?」
「……申しわけありません」
「まったく……思い切りのよさは、姉妹揃って共通じゃな」
小さく呟く。
胸の奥で、怒りとも呆れともつかぬものが渦を巻いていた。
故郷を守りたいという気持ちは痛いほどわかる。
昨日、あの村を見て、子供達の顔を見て、二人がどれほど追い詰められて焦っていたかも理解している。
理解しているが……しかし、それとこれとは話は別だ。
辞職届など置いて勝手に消えれば、こちらが納得するとでも思ったのか。
迷惑をかけないどころか、余計にかけているではないか。
しかも、よりにもよってダンジョン。
昨日、村長とサリーから聞いた話を思い返す。
ダンジョンには核がある。
それを破壊すれば、ダンジョンそのものは消える。
だが、その核がどこにあるかは、入ってみなければわからない。
しかも、ダンジョンの構造は不安定で、階層の深さも罠の有無も出現する魔物も、きちんと調べて備えてからでなければ危険すぎる。
ベテランの冒険者でも、失敗することは多い。
だからこそ攻略には準備が必要だ。
一晩でどうにななるものではない。
そして、国が勝手に手を出せない理由もある。
ダンジョンというものを最初に切り拓き、危険を冒して攻略して、その果てに宝や資源という価値を世へ広めたのは冒険者達だ。
国が後から来て、安全になったところだけ横取りするような真似を防ぐため、国とギルドの間には協約が結ばれている。
故に、本来、騎士団が勝手に入ってはいけない。
入れる時は、冒険者ギルドから援軍の要請があった時だけ。
そういう事情があるからこそ、昨日は迷った。
ここで下手な行動をすれば、国と冒険者ギルドの間に亀裂が入る。
そうなれば、国だけではなくて民にも影響が出てしまうだろう。
……だからこそ昨日は迷ったのだ。
王女として、団長として、立場を学び始めた今の儂は、昔のように「知らぬ、行くぞ」とだけは言えない。
なのに、姉妹はそれを全部すっ飛ばして突っ込んだ。
自分達だけで責任を被れば済むと思っておるあたりが、なお悪い。
はあ、とため息がこぼれてしまう。
まあ……
そうまでして、故郷を救いたいという強い思いは褒めてもいいが。
「どうされますか?」
「決まっておろう」
姉妹は間違いなくダンジョンへ向かった。
天幕を抜け出した時刻はわからないが、たぶん、かなり早いだろう。
すでにかなり奥まで進んでいる可能性もある。
ただ、追いつけないことはない。
「迎えに行く」
「はい、わかりました。どうか、お気をつけてください」
「止めぬのじゃな?」
「止まるのですか?」
「止まらぬ!」
にっこりと答えた。
「それでこそ、アリエル様です」
「妙な信頼のされ方をされておるのう……」
「あれこれと悩んで、国のしがらみに囚われるよりは、その方がアリエル様らしいのです」
「儂らしい、か」
確かに、その通りかもしれない。
辞職届へもう一度目を落とす。
急いで書いた字。
ところどころ滲んだ線。
最後の署名だけが妙に丁寧なところが、なおさら腹立たしい。
儂がこんな紙切れで、はいそうですかと納得すると思ったか。
団長を、そこまで甘く見たか。
「あとで覚えておれよ、あやつら……」




