52話 受け継がれたもの
騎士団が使う訓練場では、朝から木剣の打ち合う音が響いていた。
「そこ、甘いぞ」
「はっ!」
「受けて終わりでは意味がない。受けたなら、その次で崩せ」
儂は木剣を振るいながら、向かってくる団員の剣を受け流す。
そのまま半歩だけ踏み込み、相手の手元を軽く打つ。
木剣が宙を舞い、団員は「しまった!?」という顔で固まった。
「ほい、一本じゃ」
「くっ……!」
「気落ちするでない。今のは悪くなかった。じゃが、少し素直すぎたのう」
そう言って木剣を返すと、団員は悔しそうにしつつも頭を下げた。
うむ。
悔しさを感じて、それを忘れなければさらに伸びるだろう。
水天騎士団が結成されてから、日々の訓練風景は少しずつ形になってきていた。
腕の立つ者ばかりではあるが、だからといって放っておいていいわけではない。
むしろ、一定以上の実力者ほど細かな癖が戦場で命取りになるもの。
そこを整えてこそ団としての強さになるため、儂が稽古をつけていた。
「次」
「お願いします!」
さらに二人。
それを捌き、崩し、返す。
うむ、悪くない。
個々の力は高い。
あとは連携と、咄嗟の応用だな。
……と、そんな感じで一通り見終えたところで、さらに一人。
「姫様」
リゼットだ。
「よろしければ、次は私へ稽古をつけていただけませんか」
「うむ、よいぞ」
「はいはーい、私も!」
と、ミレナ。
「なにを言っているんですか。こういう時は年長である私からでしょう」
「えー? こういうのは元気な方が先じゃない?」
「意味がわかりません」
「えー、でもお姉ちゃん、真面目だから最初にやると空気がカチカチになるし」
「誰のせいで私がいつも苦労を……!」
「姉妹仲がよいのう」
「よくありません」
「仲いいですよー?」
微笑ましい。
が、時間がおしていることも確か。
儂は苦笑して木剣を肩へ担いだ。
「同時に来い」
「「……え?」」
ぴたりと姉妹が揃って固まる。
うむ、姉妹だけあってこういうところは息が合うのう。
「二人とも、連携には自信があるのであろう?」
「それは、もちろん」
「ありますとも!」
「ならば問題あるまい。遠慮せず来るがよい」
儂は木剣の切っ先を軽く向ける。
「儂も、そろそろ少し楽しい訓練がしたかったところじゃ」
周囲がざわついた。
「リゼット様とミレナ様を同時に……?」
「これ、めったに見られないよう勝負なんじゃあ……?」
「記録! 記録用の魔導具は!?」
「姫様が負けるところなんて見たくないけど、二人にはがんばってほしいし……うーん」
なにやら見世物になっているような?
まあよい。
儂らの試合を見て、少しでも刺激を受けてくれればいい。
「では、参ります」
「いくよ、姫様!」
二人が同時に踏み込んできた。
右からリゼット。
左からミレナ。
それぞれ風のごとく速い。
しかも、単純に挟み込むだけではない。
リゼットが正道の圧をかけて正面の選択肢を狭め、その隙へミレナが自由な角度から差し込む。
役割分担が明確で、しかも互いの得意をよく理解している動きだ。
悪くない。
というか、かなりいい。
儂は思わずニヤリと笑いつつ、一歩下がり、リゼットの斬撃を受ける。
そこへミレナが滑り込んでくる。
「もらった!」
「まだじゃ」
木剣を返し、ミレナの刃を逸らす。
だが、その間にリゼットがさらに踏み込み、今度は下から打ち上げてきた。
周囲が、「おお!?」とどよめく。
いけるか、と思った顔が並んでいる。
確かに、ここまではいい。
連携は見事で、互いを信じている動きで迷いがない。
しかし……
「ちと素直すぎるのう」
儂はそこで、ようやく少しだけ本気を出した。
踏み込みの速度を一段上げる。
今まで受けに回っていたのをやめ、一気に間合いの内側へ潜る。
「っ!?」
リゼットの目が驚きに見開かれる。
正面で構えを作っていたリゼットの木剣を下から弾き上げる。
そのまま体を捻り、横から入ってきたミレナの手元を軽く叩く。
木剣が揺らぎ、二人の連携にほんのわずかな乱れが生まれた。
その一瞬で十分。
「はい、ここまで」
儂の木剣はリゼットの喉元へ。
左手で握った予備の短い木剣は、ミレナの胸元へ当てられていた。
「……ま、参りました」
「いやー、やっぱり姫様むちゃくちゃ強いね……」
試合が終わった途端、周囲から歓声が上がる。
「やっぱり団長すごいわ!」
「形勢が変わるの、一瞬だったわね……!」
「フォルティア姉妹を同時に押し返すとか、意味がわからないんだけど……!」
ふふん、儂は強いからのう!
「じゃが、二人とも悪くはない。連携は見事じゃ、そこは誇ってよい」
「ありがとうございます」
「えへへー」
「……ただし、少し型にはまりすぎておる」
「型、ですか」
リゼットが小首を傾げた。
「うむ。リゼットが正面を抑え、ミレナが崩す。基本としてはよい。じゃが、相手がそこを読んでおる時、少し素直に乗りすぎる」
「あー……」
ミレナが頭をかく。
「確かに、いつもいつも、同じ流れに入っちゃってたかも」
「基本は大事じゃが……戦場は、教本通りにはいかぬからのう。雑に……いや、違うな。もっと自由にすべきじゃな。多少荒く、多少ひねくれて。そして、時々に合わせて姉妹で息を合わせる。姉妹なのだから、そのくらいできるであろう?」
「……はい、やってみます」
「がんばるよー!」
「うむ、期待しておるぞ」
――――――――――
訓練を終えた後、一汗を流すために浴場へ向かった。
さすがにみんなで浴場というわけにはいかぬので、騎士団用の水浴び場と簡易シャワーだ。
儂もリゼットもミレナも、鎧や訓練着を脱いで、並んで水を浴びる。
「ふう……」
汗が流れていく。
冷たい水が心地良い。
「気持ちいいですね」
「うん、そうだねー!」
ふと、横を見る。
リゼットは細身ながらしっかりと鍛えられていて、無駄のない美しい体つきだ。
ミレナはもう少し柔らかい印象だが、それでも健康的で張りがある。
そしてどちらも、立派な凹凸がある。
「……」
自分を見る。
ぺたん。
「大丈夫ですよ、姫様……これからです!」
「うんうん、姫様、まだ八歳だからねー」
「な、ななな、なんのことじゃ!?」
「姫様もそういうところがあるんですね、なんだか安心しました」
「でもでも、ほんとに気にすることないからね?」
「じゃから、わ、儂は……くううう!」
先は試合に勝ったのに、今はボロ負けした気分だった。
く、悔しくなんかないし!?
「と、ところで、二人はどうして騎士になったのじゃ?」
あからさまな逸らしだけど、でも、聞きたいことでもあった。
実力は知っているし、人柄もだいぶわかってきた。
ただ、出自などは資料で読んだ程度で、本人の口から聞いたことはない。
「無理強いするつもりはないが……できるなら、共に戦う仲間として、本人から聞いておきたいのじゃ」
そう言うと、姉妹は一瞬だけ顔を見合わせた。
「やだなー、姫様。別に隠しておくようなことじゃないよ?」
「ただ……そうですね。もしかしたら、姫様が気にしてしまうところがあるかかもしれません」
「む、儂の方の問題じゃったか?」
少し考えて首を縦に振る。
「とはいえ、問題ないぞ。儂の方が聞いているのじゃからな」
「では……実は私達は、少しアリエル様と似たところがありまして」
「ほう?」
「私達、辺境の小さな村の出身なんだ」
ミレナが続ける。
「庶民で、生活もあまり楽じゃなくて。冬なんか、かなりきつかったかなー」
「かなり、で済ませない方がいいです……食べる物も、暖を取るための資材もまったく足りない時期がありました」
フィーゼルマインは豊かな国ではあるが、北の方にあるため、土地によっては厳しい。
特に辺境ともなれば、王都のような華やかさとは無縁だろう。
「そんな時、たまたま視察へ来られたのが……ミリアム様でした」
「母様が?」
「アリエル様が生まれる前のことです。まだお元気で、けれどご自身も決して楽ではなかったはずなのに……」
「私達の村を見て、すぐに色々動いてくれたんだよね。冬を越すための物資とか、道の整備とか、水路の見直しとか。村長に話を聞いて、その場で指示を出してくれて」
「おかげで、生活は劇的に改善しました」
リゼットの声は静かだったが、その奥には強い感情があった。
「私達だけではありません。村中の者が、ミリアム様に救われたと思っています」
「うんうん、全部、ミリアム様のおかげだよね」
「……母様が……」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
あの人は、本当に色々なものを遺していた。
自分では目立とうともしないで、でも、確かにそこにある。
「だから、恩返しのために騎士になったんだ」
「最初は、ミリアム様のために、って思っていましたが……ですが今は、アリエル様のためにがんばろうと……そう思うようになりました」
「姫様のこと見てて、この人なら! って思ったんだよねー」
「……」
言葉が少し詰まった。
母様の成し遂げたが、こうして今の縁へ繋がっている。
それが嬉しくて、くすぐったくて……でも、少しだけ誇らしい。
「ミリアム様への恩返しもありますが、しかし、アリエル様のためという方が今は強いですね」
「水天騎士団が結成されるって聞いた時、姉妹で試験に挑んで、ぜったい受かってやる! って頑張ったんだよ」
「そうか……うむ! では改めて、これからもよろしく頼むのじゃ」
「はい!」
「もちろんです!」
姉妹が揃って頷いた。
母様が遺したもの。
そして、儂自身が掴んだ縁。
それらを背負い、これからも戦っていこう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
気がつけば50話を越えていました。わー、ぱちぱち。
さらにがんばっていきたいと思うので、これからも読んでいただけると嬉しいです。
面白い、続きが気になる、アリエルの暴れっぷりが見たい・・・など思っていただけたら、
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