51話 王族の現実
セネルは、自首すると約束してくれた。
父に命じられたこと。
家のためと信じて、今回の策へ加担したこと。
それらを全て話してくれた。
セネルの方はこれで問題ない。
逃げるつもりも、最後の悪あがきをするつもりもないだろう。
あとは当主を押さえるだけ……のはずなのだけど。。
屋敷を軽く探してみたのだけど、肝心の当主が見当たらない。
「ふむ、妙じゃな?」
儂は、廊下を歩きながら小首を傾げた。
たぶん、セネルが失敗したことに気づいているだろう。
成功すれば、なにかしらの報告が入るだろうし。
失敗を悟り、逃げたか?
とはいえ、まだ時間はさほど経っていない。
着の身着のまま逃げるということは考えられないから、財を持ち出そうとして、まだ屋敷の中にいるはず。
それなのに見つからない。
……財を放り出して、身の安全を一番に考えたか?
だとしたら、多少は頭の回る悪人として評価を改めなければいけない。
「……そういえば」
ふと、もう一つの違和感に気づいた。
サリーがいない。
こういう時、必ずサリーが現れる。
どこからともなくやってくる。
そのサリーまで見当たらないということは、なにかしらのトラブルに見舞われている可能性が高い。
そして、そのトラブルは当主絡みだろう。
「もしや……当主は、サリーを人質にしようと?」
まずい。
胸の内がヒヤリとする。
サリーを人質にしようとするなんて……
くっ、なんて愚かなことを!
儂の余裕はなくなり、急いで駆け出した。
周囲を探知。
もはや隠密行動とはいってられず、全力でサリーを捜す。
……いた!
二階の奥の部屋だ。
儂は階段を飛び降りるようにして抜けて、一気に駆けていく。
「ま、待て……! 落ち着け……!」
「落ち着いておりますとも」
奥の部屋からサリーと当主の声が聞こえてきた。
迷わず部屋へ飛び込む。
部屋に入ると、ザッハート家の当主が壁際まで追い詰められているのが見えた。
顔は青ざめ、額には脂汗が流れている。
その目の前へ立つサリーは、にっこりと笑っている。
……笑っているのだけど、まったく目が笑っていないという矛盾した感想。
「ふざけたことをしてくれましたね?」
サリーが柔らかな声で言う。
それはもう天使のような声で言う。
「死刑です」
「ひぃいいい!?」
当主が情けない悲鳴を上げた。
……心配不要じゃったな。
いや、相手の心配をせねばならぬのか、これは。
「サリー」
「アリエル様!? ご無事だったのですね!?」
「あの程度、儂に切り抜けられぬとでも?」
「そうだとしても、心配なものは心配です!」
「む」
サリーの言うことはもっともだ。
ここまで心配してくれること、素直に嬉しい。
「サリーの気持ちは嬉しく思うぞ」
「なら、いつか受け止めてください♪」
「なにをじゃ、なにを受け止めればよいのじゃ。まあ、それはともかく……」
ちらりと当主を見ると、救世主を見るような目をこちらに向けてきた。
「さすがに私刑はまずい」
「ですが、アリエル様へこのような不敬を……」
「気持ちはわかる」
「本当にわかっておられますか?」
「半分くらいは」
サリーは不満そうに頬を膨らませたが、それでも一歩下がった。
その間に、儂は当主の前へ立つ。
「さて……息子には聞いた。残るはお主だけじゃ」
「わ、私は……! な、なにかしらの行き違いと誤解が……」
「くどい」
「ひっ!?」
「見苦しい言い訳は勧めぬ。というか、お主、もう詰んでおるぞ?」
「うっ……くぅ……」
当主はしばらく唇を震わせていたが、やがて膝から崩れ落ちた。
――――――――――
翌日。
ザッハート家当主は逮捕。
その妻も、今回の件に関わっていたらしく、同じく拘束された。
セネルは父の命令へ従ったとはいえ、年少であることと、そして自ら罪を認めたこともあり重罰とはならなかった。
辺境にて保護観察の下へ置かれ、更生の機会を与えられることに。
……本当に立ち直れるかは、今後の本人次第だろう。
ただ、少なくともセネルにはまだ道を選び直す余地がある。
それだけでも十分だ。
ちなみに、当主とその妻にはやり直す機会なんてない。
王族に毒を盛ろうとして、さらに手籠めにしようとしたのだから、大逆罪である。
その後は……まあ、察してほしい。
そして……
諸々の処理が完了した後、儂は、王の執務室で父上と向かい合っていた。
「……という結果になりました」
淡々と報告を終えると、父上は静かに頷いた。
「よくやったな、アリエル」
「ありがとうございますなのじゃ」
「おかげで、王家へ不遜な思惑を抱く貴族を廃することができた」
実は餌に使っていた、ということじゃな。
それについて、特に思うところはない。
父上は父上だけど、王でもある。
国の未来のためなら娘を利用する非情さも必要だろう。
ただ……
「……それだけではないのでは?」
「む?」
父上の眉がわずかに動く。
「ザッハート家は、王家に取り入ろうとしただけではなく、儂のことを利用しようとしていました」
「……続けよ」
「儂の持つ力が大きいことを、改めて認識すること。そして、それを利用しようとする輩がいること……父上は、そのことを儂へ教えるために、あえてああしたのではありませんか?」
父上はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「さてな」
肯定も否定もしない。
だが、それで十分だ。
やはりそういうことか、と儂は納得する。
父上は、ただ敵を炙り出したかっただけではない。
儂に見せたかったのだろう。
王族である以上、ただ守る側に立つだけでは済まぬことを。
儂自身もまた、狙われ、利用され得る存在なのだと。
「アリエルよ」
父上が静かに言う。
「そなたの持つ力、与える影響は、そなた自身が思っている以上に大きい。そのことを、しかと認識せよ」
重みが十分すぎるほどある言葉だった。
「はい」
儂が素直に頷くと、父上はわずかに表情を和らげた。
「話はそれだけだ。今回はよくやった」
「ありがとうございますなのじゃ」
礼をして、執務室を辞する。
扉の外へ出たところで、ふう、と息を吐いた。
思っていたよりも、王族とは大変で面倒だ。
剣を振るうだけでは済まない。
守るだけでも足りない。
人の思惑、家の事情、権力の匂い……そういうものまで絡んでくる。
前世では、ただ前を見て斬ればよかった。
だが今世は、それだけでは国を守れないらしい。
……まこと、面倒じゃな。
「とはいえ、これくらいでへこたれてはおれぬな」
これもまた、良い経験として受け止めるしかない。
厄介さを知り、利用される危うさを知り、それでもなお前へ進む。
王女として生きるとは、そういうことなのだろう。
ならば受けて立つまで。
剣も。
学も。
礼も。
面倒も。
全部まとめて呑み込んで、さらに成長してみせようではないか。
見た目は幼女でも、中身まで幼くなった覚えはないのだから。




