49話 お見合いという名の任務
さらに数日後。
儂は馬車に揺られていた。
王都から少し離れた場所にある、ザッハート伯爵家の屋敷へ向かう途中だ。
つまり、件のお見合いに向かっている最中。
「はぁあああぁぁぁ……」
面倒くさい。
実に面倒くさい。
最高に面倒くさい。
とはいえ、断ることは難しい。
儂は、一応、王族。
見合いが必要になることは理解している。
これまでわりと自由にさせてもらい、騎士団も与えてもらった。
なら、それに応えるべく、こういう役目をある程度引き受けるのは仕方ないだろう。
ただ、それと面倒くさいかどうかは別問題だ。
「……」
向かいの席へ座るサリーが、ものすごく不機嫌そうだった。
あまりにも不機嫌そうすぎて、むしろ面白いくらいである。
いつもなら、新しい衣装を着せた時点で「可愛いです!」だの「尊いです!」だの騒ぎ出すくせに、今日は一言も言わない。
黙ったまま、ずっとむすっとしておる。
「不機嫌そうじゃな?」
「当たり前です!」
「おお、すごい勢いじゃな」
「アリエル様がお見合いなんて……!」
サリーの視線が、今の儂の姿へ向けられる。
今日はいつも以上に、王女としての格式を重視した装いだ。
白と淡い青を基調にした上品な服で、裾や袖には銀の刺繍が入っている。
派手ではないが、一目で高貴な身分とわかる作りだ。
髪も丁寧に整えられていて、頭には小さな飾りまでついている。
正直、落ち着かない。
剣を差していないだけで、かなり心許ない気分になるのだから、我ながらどうかと思うが。
「これも王族の義務じゃ」
儂は肩をすくめてみせた。
「ザッハート家は伯爵家。そこそこの権力を持っておる。無視はできぬよ」
「だからって、お見合いをしなくても……!」
「見合いは、そのための手段じゃよ」
儂は小さく息を吐いた。
「本当に婚約する必要はない。じゃが、向こうに気に入られておく必要はある。今後、王家の側へ立ってもらうためにもな」
「うぅ……」
「顔合わせくらいはしておかねばならぬ、ということじゃ」
父上も兄様も宰相殿も、そういう話をしていた。
有力貴族との関係は、ただ剣で守れば済むものではない。
むしろ、事前に顔を繋ぎ、味方へ引き込んでおくことこそが後々の争いを減らす場合もある。
要するに、剣を抜かずに済むよう先回りする仕事、ということだ。
理屈はわかる。
わかるが、好きにはなれぬ。
というかめんどい。
「面倒ではある。じゃが、それなりに自由にさせてもらっておる以上、仕方あるまい」
「そうですね……」
サリーは少しだけ落ち着いた声になった。
だが、その目の奥には、まだもやもやしたものが残っていた。
「でも、もしも相手が無理矢理に迫ってきたら」
「うむ?」
「私、自分を律することができないと思います、ふ、ふふ……うふふふ♪」
「その笑い声は本気で怖いのじゃが!?」
というか、待て。
「今、ものすごく物騒なことを言わなかったか?」
「気のせいです」
「いや、気のせいではない。相手は伯爵家なのじゃぞ? 無茶をしては……」
「安心してください。きっと、きちんと理性的に対処いたします」
「その理性が信用ならぬのじゃが!?」
「では、バレないようにこっそり処理いたします」
「バレないように、って言葉も不穏じゃ! それと、処理とはなんじゃ!?」
「うふふふ♪」
「じゃから笑い声!」
まったく……
この侍女、いざとなると本当にやりかねない空気を出すから困る。
もっとも、それだけ儂を心配してくれているのだろう。
その気持ちはありがたい。
ありがたいが、対象の首が飛びそうな心配の仕方は、できればやめてほしいものである。
そんな話をしているうちに目的地に到着した。
馬車がゆるやかに速度を落とす。
窓の外へ目を向けると、立派な門と整えられた庭園が見えてくる。
「着いたようじゃな」
「……ええ」
サリーは最後まで不満そうな顔のままだった。
門をくぐり、馬車はザッハート家の屋敷前で止まる。
そのまま案内されて応接の間へ通されると、すでに二人の男が待っていた。
一人は、落ち着いた雰囲気を持つ老紳士。
背筋がすっと伸びており、無駄のない所作からも育ちの良さと経験がにじむ。これが当主だろう。
そしてその隣には、年の近い少年。
十歳ほどか。
よく整った顔立ちをしていて、淡い色の髪が光を受けて柔らかく輝いている。
目元も涼やかで、立ち姿にも無理な気負いがない。
いわゆる、美少年というやつだ。
しかも、ただ綺麗なだけではなく、ちゃんと育ちのよさまで滲んでいる。
少年が一歩前へ出て、丁寧に礼を取った。
「はじめまして、アリエル様。ザッハート家長男、セネルと申します。お会いできて光栄です」
声も穏やかで、押しつけがましさがない。
……うむ。
これは厄介じゃな。
あまりにも『感じのよい貴族の少年』として完成されすぎている。
「こちらこそ、アリエル・ノクティス・フィーゼルマインじゃ。本日は、このような機会を設けてもらい感謝する」
……少しだけ堅すぎたかもしれない。
王女らしく振る舞おうとすると、たまに加減が難しい。
セネルはくすりと柔らかく笑った。
「いえ。僕の方こそ、緊張していたので、少し安心しました」
「む?」
「アリエル様は、もっと近寄りがたい方かと思っていたのです」
「そう見えるかのう?」
「ええ。噂があまりにも華々しいものですから」
そこへ、当主と思しき老紳士が穏やかに口を開いた。
「水天騎士団を率いてご活躍とのこと。まこと、驚くばかりです」
「ありがたい言葉じゃ」
ぺこりと頭を下げるが、やはり少しぎこちない気がする。
礼儀作法は習ってるいる。
……たまに逃げるが。
とはいえ、王族としての振る舞いも、以前よりはだいぶましになった自覚がある。
だが、それでもこういう場はまだ落ち着かない。
剣を持っておる時の方が、よほど気楽だ。
ただ、どうにかこうにかごまかすことはできて、その後の会話は朗らかに進んだ。
庭園の花の話。
最近の王都の賑わい。
水天騎士団について、軽く触れられることもあった。
セネルは話題の選び方も巧みで、こちらが答えやすいよううまく道を作る。
当主も決して高圧的ではなく、むしろ穏やかな聞き手に徹していた。
普通なら、居心地の悪さなど感じぬはずの場だ。
……なのだけど。
「……ふむ?」
内心、妙な引っかかりがあった。
嫌な感じ、とまでは言えない。
露骨に不自然なところもない。
ただ、なにかがほんの少しだけズレているような、そんな違和感。
こういう場に慣れていないせいで過敏になっているのか。
それとも……
「アリエル様? どうかなさいましたか?」
「……いや、なんでもないのじゃ」
儂は小さく首を振り、笑みを作った。
気のせいならそれでいい。
しかし、もしも気のせいでないのなら……
少しだけ気をつけておいた方がよさそうじゃな。




