45話 サリーという裏の刃
その夜。
儂は、私室で鍛錬をしていた。
木製の床へ布を敷いて、腕立て腹筋、それと体幹の維持。
それから魔力制御を絡めた負荷運動へ移る。
八歳の体でやるには少々きつい内容だが、慣れればどうということはない。
むしろ、これをやらない方が落ち着かない。
汗が額から顎へ伝い落ちる。
呼吸を整えて、動きを止めず、筋肉と魔力の流れを意識する。
よし、あと少し続けて……
「アリエル様」
扉の方から呆れたような声がした。
振り向けば、サリーが立っていた。
「このような時間に、いったいなにをなさっているのですか」
「日課じゃ」
「王女様の日課が筋トレだなんて……」
「これがないと、もう落ち着かぬ。寝られん」
「普通は人形遊びとかをする年頃なんですけどね……人形遊びをするアリエル様、きっとものすごく可愛いのに! 可愛いのに!」
「剣の方が好きじゃ」
「あうぅぅぅ……」
なぜかサリーが悲しそうにうなだれた。
相変わらず、よくわからぬ反応をする女である。
「風呂はこれからじゃから問題あるまい?」
「問題はあります。たくさんあります。汗をかいたままそんなことを続けていたら風邪を引きます」
「鍛えておるから平気じゃ」
「そういう問題ではありません」
そう言いつつも、サリーは完全に止めようとはしない。
もう諦めておるのかもしれない。
あるいは、これが儂にとって必要なものだと理解しているのか。
いずれにせよ、ありがたい話ではある。
最後の一動作を終え、儂はふぅっと息を吐いた。
汗をぬぐってから、サリーへ目を向ける。
「で、どうじゃった?」
問うと、サリーの顔つきがすっと変わった。
先ほどまでの呆れ顔ではない。
水天騎士団における、諜報と後方支援の担当としての顔だ。
「はい。商人の言っていたことは、正しいようです。ライバル商会の者が、盗賊に接触している証拠が見つかりました」
「やはりか……しかし、もうそこにたどり着くとは、さすがじゃな」
サリーは戦う力を持たない。
護身術は学んでいるようだが、しかし、剣を振るえばおそらくミレナの半分も持たないだろう。
だが、その代わりに別の力がある。
情報を拾い、繋ぎ、探り、裏から事を動かす力だ。
サリーも水天騎士団へ加わったのは、もともとは、アリエル様と離れたくありません、などと半泣きで訴えてきたのが始まりだった。
試しに後方支援でもやらせてみるか、と任せてみたところ、これが驚くほど有能だったのである。
人を見る目。
話を聞き出す技術。
侍女として城内外を歩き回る中で培われた、人脈と観察力。
戦場で刃を振るう強さとは違うが、これもまた確かな力だ。
「私がいてよかったですよね!?」
サリーが急に身を乗り出してきた。
「そうじゃな」
「ああっ、アリエル様に褒められた……! もう死んでもいい……!」
「安いのう」
「安くありません! むしろ人生最高値です!」
よくわからぬが、本人が幸せそうなのでよしとしよう。
「それで、どういたしましょう?」
「そうじゃな……」
本来なら上へ報告すれば済む話ではある。
水天騎士団は新設部隊とはいえ、上には上がいる。
騎士団長なり政務方なりへ渡せば、あとは彼らが手続きを進めるだろう。
実際、それが正道でもある。
「騎士団長へ報告すれば、対処してくれるじゃろうな」
「はい。ですが……」
「今は魔物の出現が増えておるらしい」
「お忙しいようです」
しかも、商人の訴えを聞いたのは儂だ。
目の前で助けを求められた件を、途中で放り出すのはあまり好きではない。
剣を振るって盗賊を倒すだけなら簡単だ。
だが、本当に片づけるべきはその裏にいる連中でもある。
こそこそ隠れて悪事を働く卑怯者を逃すのは好かない。
「儂らがやる。準備をするよう皆へ連絡してくれ」
「承知しました」
サリーがすぐさま頷く。
こういうところも頼もしい。
返事が早く、無駄がない。
「ライバルを蹴落とすために盗賊を使うとは、商人の風上にもおけぬな」
善良な商人を餌にするような真似、見逃してやる理由はない。
表向きは商売の競争でも、その実、やっておることはただの卑劣な襲撃の手引きだ。
ならば、それ相応の報いを受けてもらわねばならない。
するとサリーが、今度は妙ににっこりとした笑みを浮かべた。
「では、お風呂に入りましょうか♪」
「それはよいのじゃが……一人でよいかのう?」
「なぜです?」
「サリーが一緒だと、なんか身の危険を感じるのじゃ」
「気のせいです」
「しかし」
「気のせいです」
「う、うむ……」
迫力に負けて、つい頷いてしまった。
くっ。
この女、戦闘力こそないが、別の方向ではかなり強いのではないか?
「さあ、行きますよ」
「本当に一人でよくないかのう?」
「だめです」
「なぜじゃ」
「アリエル様が可愛いからです」
「理由になっておらぬ!?」
そんな抗議もむなしく、儂はそのまま風呂場へ連行された。
そして、一緒に入った結果……色々と大変だった。
なにが大変だったのかは、あまり詳しく語らぬ方がいいだろう。




