43話 水天騎士団、初陣
街道を走る商人の馬車は、すでに半ば壊れていた。
車輪の片方は歪み、荷台の帆布は裂かれ、積み荷の木箱もいくつか道へ転がっている。
護衛として雇われていた男達は倒れ伏している。
まだ息のある者もいるようだったが、すぐには立ち上がれそうになかった。
「ひっ、ひぃっ……! ま、待ってくれ……! 金ならやる! 商品もやる! だから命だけは……!」
土に這いつくばった中年の商人が、涙と鼻水を垂らしながら命乞いをする。
その前に立つのは、ぼろ布を羽織った大柄な盗賊だった。
右手には血のついた刃、左頬には古傷。
獲物を前にした獣のような目つきで口元をニヤリと歪める。
「おいおい、なんで俺がお前の言うことを聞かないといけないんだ? 俺が上でお前が下。この場の上下関係くらい、見て察しろよ」
「た、頼む……! 家族がいるんだ……!」
「話通じねーし……知るかぼけ」
盗賊が刃を振り上げる。
もうダメだと、商人は目を閉じた。
喉の奥から情けない悲鳴の欠片だけが漏れる。
瞬間。
ザンッ! と、空気を裂く音が走った。
「がっ……!?」
商人へ刃を振り下ろそうとしていた盗賊の体がぐらりと揺れる。
男は胸を斜めに裂かれていて、そのまま絶命した。
「なっ!?」
「なんだ!?」
「どこからだ!」
周囲にいた盗賊達が一斉にざわめき、武器を構える。
街道の少し先。
木漏れ日の差す道の中央に、小さな影が立っていた。
陽光を受けてきらめく金髪。
深い青と白で仕立てられた、王族らしい気品と騎士らしい機能性を兼ね備えた鎧。
幼い顔立ちには、場違いなほど落ち着きと威厳がある。
手には己の背丈ほどもある巨大な剣。
顔だけならば、どこかの貴族の令嬢が迷い込んだようにしか見えぬだろう。
だが、その姿と周囲に漂う空気だけは明らかに違った。
静かで、冷たくて……そして圧倒的だ。
盗賊達の喉が、ごくりと鳴る。
「なんだ、てめぇは……!」
その問いへ、小さな影は堂々と胸を張った。
「第三王女アリエル・ノクティス・フィーゼルマイン……水天騎士団、団長じゃ!」
――――――――――
兄様が儂を国で管理する、という提案をした後、色々な話が進んだ。
父上、兄様、宰相殿、そしてその周囲の大人達が集まり。
王家の責任だの教育だの運用だの威信だの建前だのを盛大にこねくり回して……結果として、急ピッチで一つの形が作られた。
新たな騎士団……水天騎士団。
団長は儂。
建前としては、規格外の力を持つ第三王女を正式な管理下へ置きつつ、若き王族としての実戦経験と成長を促すための実験的な部隊……らしい。
なんとも大人らしい理屈だ。
だが、実態はもっと単純。
儂を国の戦力へ正式に組み込みつつ、それなりに自由に戦わせるための器。
そういう理解で、おおむね間違っていない。
簡単にまとめると、儂にある程度の権限を与えた、独立遊撃部隊だ。
……そして本日、水天騎士団は初陣を迎えた。
内容は、街道で商人を襲う盗賊どもの討伐。
数としては大したことはないが、商人達への被害は見過ごせない規模へ膨らんでいたため、正式な仕事として回ってきた。
つまり…‥・今ここで盗賊どもを叩き潰すのが、儂の務めである。
「たかがガキが、なめた真似を……!」
盗賊の一人が怒鳴り、斧を構えて突っ込んできた。
「ぬるいのう」
儂は半歩だけ体をずらす。
斧が空を切る。
そのまま相手の懐へ潜り込み、剣を一閃。
首筋へ浅く見せて、実際には腕を斬る。
絶叫とともに腕と斧が落ちた。
「ぎゃああああっ!?」
「まず一人」
返す刃で、すぐ後ろから斬りかかってきた男の膝を払う。
体勢を崩したところへ柄頭を叩き込むと、白目を剥いて倒れた。
「ふ、ふざけんな! 囲め!」
盗賊達が一斉に動く。
うむ、それでいい。
どうせ一人ずつ来たところで時間の無駄じゃ。
「水天騎士団! 散れっ!」
儂が声を張ると、街道脇の木々の影から複数の影が飛び出した。
青を基調とした軽鎧の女騎士達。
全員が騎馬を巧みに操り、あるいは地を蹴って走り、一気に盗賊どもの包囲へ割って入る。
「うぉっ!?」
「なんだ、まだいたのか!」
「か、囲まれた……!?」
「ふん、当然じゃろう? 団長一人で全部やってしまっては部下の働き口がなくなるからのう」
騎士達の活躍で盗賊の陣は致命的なまでに乱れた。
その直後、儂は地を蹴る。
一人目。
脇腹を斬る。
二人目。
槍をかわして、柄ごと骨を叩き折る。
三人目。
逃げようとした背へ、容赦なく飛び込んで頭を踏みつけて、地面に叩きつける。
「全員、逃げられると思うでないぞ? 街道を荒らして、多くの商人を傷つけた報いは受けてもらわねばな」
「ひぃ!?」
「だ、ダメだ、俺達が敵う相手じゃねえ!」
「に、逃げろ!!!」
盗賊どもは統率を失い、たちまち崩れた。
そこへ水天騎士団の面々が的確に食らいつく。
もともと、ただの見栄え重視で集められた部隊ではない。
兄様が裏でかなり人選をしたらしく、集まったのは一騎当千と呼んでもよい腕利きばかりだ。
そうでなければ儂も団長など引き受けていない。
「ひぃっ、ば、化け物……!」
「誰が化け物じゃ」
最後に残った盗賊の頭目らしき男へ近づく。
男は腰が抜けたように後ずさった。
体格だけなら儂など片手で捻れそうなほど差があるのだが、もはやその気概は残っていないらしい。
なんとも情けないのう
「な、なんでこんなガキにここまでの力が……も、もしかして、お前が戦乙女なのか!?」
「うむ。由緒正しきフィーゼルマイン第三王女じゃ」
「王女がなんで、こんな……!」
「決まっておろう」
儂は剣先をぴたりと男の喉元へ突きつけた。
「悪党を斬るためじゃ」
「ひっ……!」
「ま、今は無闇には切らぬがのう」
男の戦意は完全に消失していたため、気絶させるだけにした。
そのまま部下に引き渡す。
儂は今、国が運営する騎士団の団長。
戦意喪失した相手を断つなど、法を無視することはできる限りやめた方がいい。
「これで終了じゃな……うむ。初陣としては満点ではないかのう?」
完全制圧。
剣に付いた血を払ってから商人の方へ向かう。
先ほどまで土へ這いつくばっていた男は、まだ呆然としていたが、儂が近づくと慌てて身を起こした。
「あなたは……」
「無事か?」
「ひ、姫様……!?」
「うむ、もう安心じゃぞ」
そう告げると、商人の目が見る見るうちに潤み出した。
「あ、ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
「よい。これが儂の務めじゃ」
商人は、その場へ額を擦りつけんばかりに頭を下げる。
「なんという方だ、まるで天使のようだ……!」
「いやいや、大げさすぎやしないかのう?」
「し、失礼いたしました! 天使ではなくて、女神様ですね!?」
「そういう意味ではなくて……もう、なんでもよいか」
守るべきものを守ることができた。
その感謝を告げられるのは嬉しいが、ここまで持ち上げられるとこそばゆい。
「お主は怪我はしておらぬか? しているのなら、治療をしよう。その後、ちと事情聴取に協力してくれぬかのう? なに、いくつか話を聞くだけじゃ」
「あっ、お、お待ちください!」
「む?」
後の流れを伝えて立ち去ろうとした儂へ、商人が慌てて声をかけてきた。
その顔には、命が助かった安堵だけではない別の色が浮かんでいる。
怯えと迷いと、そして必死さ。
「じ、実はご相談がありまして……!」




