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42話 守りたい国、守るべき立場

「この国を守りたいのですのじゃ」


 儂の言葉の後、執務室には短い沈黙が落ちた。


 父上は黙って続きを待っている。

 宰相殿も兄様も口を挟まない。


 ならば、きちんと話すべきだろう。


「最初は、母様との約束じゃった」


 母様の顔を思い浮かべる。


 優しい笑顔。

 柔らかな手。

 そして、あの日に交わした約束。


 目標を見つけたなら最後まで貫き通しなさい、と。

 母様はそう言ってくれた。


「亡き母様の代わりに、母様が愛した国を守ろうと誓ったのじゃ。その想いは今も変わっておらぬ。変わるつもりもありませぬ」


 母様の死は、儂の中へ一本の道を作った。

 何をすべきか、何を守りたいか、その最初の形を与えてくれた。


「……ただ、それだけではありませぬ」

「ほう?」

「儂はこの国で生きてきました。まだ八年しか経っておらぬが、それでも色々なものを見たのじゃ。城で働く者達、騎士達、街の人々……皆、まことによくしてくれ。故に、母様が愛したから守りたい、だけではなくなりました」


 これはもう借り物の理由ではない。


「国と民のことを知るにつれて、愛おしくなったのですじゃ」

 

 そう……愛おしいのだ。


 雪の中でも笑って生きる人々が。

 不器用でも誠実に剣を振るう騎士達が。

 いつも儂を支えてくれるサリーが。

 頼もしく、まっすぐな兄様が。

 そして父上も。


 前世の儂は守ることに人生を捧げた。

 だが今思えば、あの頃の儂は恩義と責務を先に抱えており、それを言葉にすることは得意ではなかった。


 でも今は違う。


「この手で守りたいと、そう思っていますのじゃ。それは母様だけの想いではなく、儂の想いでもありますのじゃ。それが答えです」


 まっすぐに父上を見て、言い切る。

 幼い声で語るには、やや重いかもしれないが……

 しかしこれは、紛れもない本心だ。

 心の底から求めていることであり、そして、今世の儂の使命とも思っている。


 父上は深く、長く息を吐いた。


「アリエルの想いはわかった。それを受け入れるかどうか、そこは難しいが……その想いは理解できる……いつの間にか成長していたのだな」


 父上の顔には、困ったような誇らしいような、複雑な感情が滲んでいた。


 そこへ、これまで静かに控えていた宰相殿が一歩前へ出る。


「姫様のお気持ちは、確かに立派です」


 低く落ち着いた声だった。

 常に冷静沈着、合理を旨とする国政の要。

 王族相手でも必要なことは必要と言う男……それがレンゲン宰相殿だ。


「そして、その信念に国が救われたことも事実。今回ばかりは、誰もその功績を否定できますまい」


 ちゃんと認めるところは少し意外であり、同時に納得もした。

 理だけではなく、事実を見る男なのだろう。


「しかしながら……王族が、しかも八歳の姫君が戦場に立つなど前代未聞。子供でも……いえ。子供だからこそ、ありえないと誰もが理解できる話です」

「むぐ……」


 正論の剣が胸へずぶりと刺さる。


「今回は結果として国を救いました。しかし、本来なら他国へ避難してもらうのが当たり前です。それに、他国が知ればどう見るか? フィーゼルマインは、八歳児の王女を戦場へ立たせるほど人材が不足していると笑われるやもしれません。あるいは、王家が幼き姫を戦場へ立たせる国だと蔑まれる可能性もある」

「む、むぅ……」


 それは考えたことがなかったわけではない。

 だが、こうして真正面から言葉にされると重い。


 国の威信。

 対外的な見え方。

 王家の振る舞い。


 目の前の災厄を叩き伏せればいいので、戦場で敵を斬るだけなら簡単だ。

 しかし、国を背負うというのは、それだけでは済まない。


「故に、これからは自重していただきたい……いえ、はっきり申し上げましょう。絶対におやめいただきたい」

「むぐぐぐぐ……」

「お気持ちはお察しします」

「察しておる顔には見えぬぞ」

「実際、職務上、察して終わるわけにはまいりませんので」


 ……ちょっとだけ面白い返しをするではないか。

 いや、そうではない。


「しかしじゃ」


 儂は一歩だけ前へ出た。


「威信はたしかに大事じゃろう。じゃが、それは国があってこその話ではないか」

「……続けてください」


 宰相殿の目が少し細くなる。

 試されているか?


「手柄を自慢したいわけではない。褒められたいわけでもない。じゃが、儂が出なければどうなっていたじゃろうか? そこについて、儂は、儂の行いを否定するつもりはないぞ。そして、誇り、声高く喧伝しようではないか」

「……それは、確かにそうですな」


 宰相殿は否定しなかった。

 子供だから、と否定するのではなくて、儂が成し遂げたことも見てくれていた。


「故に、これまでは見なかったことにしましょう」

「ぬ?」

「必要があった。結果も出た。国も救われた。そこは動かしようのない事実です……しかし、これからは別です。姫様が戦場へ出る度、国はその是非を問われる。救われたからよい、では済みませぬ。今まではなんとかなりましたが……これ以上は厳しいです。ドラゴンスレイヤーの称号は軽くないのです。ご理解いただけますね?」

「むぐぐぐ……」


 またしても圧倒的な正論。

 嫌になるほど正しい。


 戦場ならいくらでも暴れられるが、こういう理詰めは苦手だ。

 斬っていいのなら一瞬で終わるのに。


 が、目の前の相手は斬るべき敵ではなくて味方だ。

 厳しい言葉ではあるが、この国のために言っていること。

 それがわかり……また、本人もわかっているからこそ厄介だ。


「……ふむ」


 父上は、静かに儂らのやり取りを見守っていた。

 どちらかを即座に切り捨てるでもなく、かといって結論を先送りにもできない顔だ。


 話は平行線。


 儂は、きちんと結果を出しているのだから、戦う力を手放したくない。

 宰相殿は、影響が大きくなりすぎた王女を野放しにはできない。

 どちらの理も、それなりに筋が通っている。


 その重たい沈黙を破ったのは、これまで一歩引いて成り行きを見守っていた兄様だった。


「父上、よろしいですか?」


 その一言で、父上も宰相殿も儂も、自然と兄様へ視線を向ける。

 兄様はいつもの穏やかな顔をしていたが、その目にはしっかりと考えが宿っていた。


「宰相の言うことはもっともですが……しかし、ドラゴンを討伐するほどのアリエルの力をこのまま腐らせておくとなると、それはそれで国の損失になるでしょう」


 宰相殿が眉をわずかに上げる。

 父上は、黙って兄様の続きを待っていた。


 兄様は一度だけ儂を見て、それから父上へ向き直る。


「ですから、僕は……アリエルを、国で管理することを提言いたします」


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