41話 王の呼び出し
ある日、父上に呼ばれた。
その報告を受けた時、儂はちょうど勉強を一つ終えたばかりで、魂の半分ほどが机へ吸われていた。
「……む、父上が?」
「はい」
サリーが、いつになくきちんとした顔で頷く。
「陛下がお会いになりたいとのことです。執務室へお越しいただきたいと」
「むぅ……」
ただ事ではないな、とすぐわかった。
父上は普段から儂を気にかけてくれている。
忙しい中でも、顔を合わせれば必ず声をかけてくれるし、こちらの様子もよく見ていて、さらに部下から報告も受けているらしい。
だが、わざわざ執務室へ呼び出すとなると話は別だ。
おそらく、親子としてではなくて、王と王女の話だろう。
このタイミングとなると……
十中八九、ドラゴンの件だろう。
「アリエル様、陛下にお会いするなら、とびきりのお姿でなければなりません!」
「またかのう……」
「またです」
容赦がない。
かくして儂は再び、サリーによる全力の身支度を施されることに。
今度の服は、先日よりもさらに格式が高かった。
濃紺を基調に白と銀で整えられて、王女としての品格をしっかりと感じさせている。
とはいえ、可憐一辺倒ではなく、どこか凛とした雰囲気もある。
「どうです?」
「……前よりはましじゃな」
「前よりは!? ものすごくお似合いなのに!? というか、私の最高傑作なのに!?」
「こだわりが強いのう……まあ、褒め言葉として受け取っておこう」
身支度が終わり、儂はサリーを連れて王の執務室へ向かった。
道中、胸の内は次第に静まっていく。
先ほどまでの、勉強いやじゃー、みたいな気分はどこかへ消えていた。
王の執務室とは、ただ豪華なだけの部屋ではない。
国の行く末が決まり、命令が飛び、責任が積み上がっていく場所だ。
戦場とは違う意味で張り詰めた空気があって、部屋に近づくにつれて空気が変わっていった。
「アリエル様」
扉の前に到着したところで、サリーがそっと呼ぶ。
「大丈夫ですか?」
「うむ、大丈夫じゃ」
多少は緊張するが、怯んでもいられない。
「行くのじゃ」
扉を開けて部屋に入ると、まず最初に父上の姿が見えた。
その隣に宰相のレンゲン殿。
そして少し離れた場所に、兄様もいる。
……なるほど。
宰相殿までいるということは、やはり軽い話ではないようだ。
儂は背筋を伸ばして、学び途中の礼を取る。
完璧ではないが、崩れて見えない程度には整えているだろう。
「お呼びでしょうか、父上」
そう言うと、父上の表情が一瞬だけ緩んだ。
なんじゃろう、今の反応は?
「うむ。よく来た、アリエル」
「失礼いたします」
父上に促され、儂は前へ進む。
サリーは入り口付近で控えた。
父上はしばし儂を見つめていたが、やがて口を開く。
「まずは、改めて言わせてくれ。ドラゴン討伐、よく成し遂げた」
「……ありがとうございますなのじゃ」
すでに称号を授かった時にも褒められてはいるが、今の言葉は少し違った。
王としての儀礼ではなくて、もっと温かいような……距離が近い。
……家族としての言葉なのだろう。
「国を救ってくれた。多くの民を、騎士を、家族を救ってくれたのだ。父として誇らしく思う」
「……父上……」
胸のあたりがむずむずする。
前世では、こういう褒められ方はあまりなかった。
いや、功績を認められたことがないわけではない。
だが、家族としての感情は知らない。
だからどうにも落ち着かないのだけど……
でも、もしかしたら嬉しいのかもしれない。
「ありがとうございますなのじゃ」
同じ言葉しか返せない自分の不器用さが、少しばかりもどかしかった。
父上は穏やかに頷いた。
だが、その後で表情が王のものへ変わる。
「……ただし、王としては複雑だ」
む、来たか。
「お前には、できる限り自由にさせるつもりでいた。お前は第三王女で継承権も低い。加えて、ミリアムからも……できる限り好きにさせてやってほしい、と頼まれていてな」
「母様が……」
胸の奥が、きゅっと締まる。
父上の声にも、わずかな懐かしさと痛みが混じっていた。
「だから儂は規格外だとしても、お前のやりたいように見守ろうと思っていた。剣を握ることも騎士達と関わることも目を瞑ってきた」
「……父上……」
儂は少しだけ俯いた。
放置されていたわけではない、知ってはいた。
気づいていたと。
だが、ここまではっきり言葉にされると、その重みを改めて感じる。
父上なりの配慮。
母様との約束。
それらの上に、今の儂の自由は成り立っていたのだろう。
「しかし……」
父上は深く息を吐いた。
「これ以上は難しいかもしれぬ」
静かな言葉だが、とても重い。
宰相殿は無言のまま、こちらを見ている。
兄様もまた、軽々しく口を挟まず成り行きを見守っていた。
「お前は大きくなりすぎた、アリエル。その力は文字通り規格外で……とても難しい。これまでなら、変わり者の王女、規格外の神童で済ませられた。だが、ドラゴンを討ったとなれば話は別だ。剣を持ち、あちらこちらで好きに戦われては困る……成し遂げた偉業の重さがある」
「むぅ……」
もっともな話。
もっともすぎて困る。
儂としては、好き勝手暴れているつもりはない。
必要があれば剣を取り、守るために戦っているだけ。
しかし、見る側にとっては違う。
八歳の王女が災厄級の魔物を討ち、王国でも屈指の実力を示している。
そんな存在をいつまでも自由にさせておけるはずがない。
「嫌か?」
「……嫌、ではありますのじゃ」
正直に答えると、父上は苦笑して、兄様もわずかに口元を緩めた。
「素直だな」
「嘘をついても仕方ないではありませぬか。儂は剣を振るうのが好きじゃし、必要とあれば戦いたい。できることなら自由にしたいのじゃ。ただ……父上の言うこともわかりますのじゃ」
理不尽な話なら反発もできる。
だが、ここで語られておるのは、王として当然の責任である。
そして、当たり前の正論。
反発なんてできるはずもない。
父上はしばし沈黙した後、問いかけてきた。
「アリエルよ……お前が、そこまでして剣を握る理由はなんだ」
その問いに対する答えは、ずっと前から近くにあったもののように思えた。
ただ、真正面から聞かれたのは初めてかもしれない。
「お前が色々と規格外なのは、もはやわかっている。では、その原動力はなんだ? なぜ、剣を振る? その力をなにに使う?」
責めるでもなく、断ずるでもなく。
ただ知ろうとしている声だった。
王として。
父として。
そしてきっと、母様に託された者として。
ならば、誤魔化してはいけない。
儂はゆっくり息を吸い、そして答えを紡ぐ。
「この国を守りたいのですのじゃ」




