4話 王女は天才?
私の名前はサリー。
フィーゼルマイン王城で働くメイドだ。
そして今は、光栄にも、少し前にお生まれになった第三王女……アリエル様の乳母役を任されている。
アリエル様はとても綺麗な方だ。
光を束ねたような金色の髪。
宝石みたいに澄んだエメラルドグリーンの瞳。
陶器を思わせる白い肌。
まだ赤子なのに、すでにこれほどまでに整っている。
将来は、きっととんでもない美人になるだろう。
……ただ。
「綺麗、とか、そういう次元じゃないのよね……」
ぽつりと一人で呟く。
アリエル様は、ただ可愛いだけの赤子ではなかった。
賢い。
とにかく、妙に賢い。
これは危ないですよ、と教えれば二度と近寄らない。
ベビーベッドから無茶に抜け出そうとしない。
小さな物を口へ入れようとしない。
熱いもの、尖ったもの、転びやすい場所……そういうものを最初から知っているみたいに避ける。
「いやいや……そんなわけないわよね」
赤子が、危険を理屈で理解しているわけがない。
そんなこと普通に考えたらありえない。
でも……
「本能的にわかる、ということならありえるのかしら……? こう、言葉ではなくて感覚でご理解されているのかも?」
そう考えると、妙に納得してしまう部分もあった。
それに、危ないものを避けるだけではない。
たまに、本当にたまにだけど……
私の言葉を理解しているような反応を見せることがあるのだ。
たとえば、ご飯の時間。
「アリエル様、ご飯ですよー」
と声をかけると、遊ぶのをやめて、ちゃんとじっと待つ。
たとえば、お昼寝の時間。
「そろそろお昼寝をしましょうね」
と言えば、毛布の方へもぞもぞ寄っていって、すやすや眠る。
偶然と言えば偶然。
気のせいと言えば気のせい。
だから、まだ誰にも報告していない。
とはいえ、こうも偶然が重なると必然を疑う。
「もしかして……アリエル様は、天才なのかしら?」
考えてみる。
……うん。
天才のような気がしてきた。
「それに……」
私は、少しだけ唇を噛んだ。
自然とあの日のことを思い出す。
城の中へ魔物が入り込んだ、あの事件。
運悪く、私はアリエル様を抱いている時に魔物と遭遇した。
普通のメイドに戦う力なんてない。
だから私は、その瞬間に覚悟した。
ああ、私はここで死ぬのだろう……と。
でもせめて、この身を盾にしてでもアリエル様だけは守らなければならない。
それが侍女として当然の務めだと、そう思った。
……それなのに。
「まさか、アリエル様が魔物を倒してしまうなんて……」
それも石を投げただけで。
正直、今思い出しても意味がわからない。
あの時の私は、本気で混乱していた。
ええええええっ!?
となって。
あれぇええええっ!?
ともなった。
最後には、『アリエル様パネぇええええっ!!!』としか思えなかった。
だいぶ混乱していたと思う。
「……いや、本当にありえないわよ」
赤子が魔物を倒す。
しかも投石で。
どう考えても普通ではない。
もしかして、アリエル様はただの赤子ではないのでは?
スーパー赤子?
いや、でも、そんな呼び方はさすがに失礼かしら。
……でも、あれほどのことを見せられると、普通の言葉では追いつかない。
「でも」
胸へ手を当てる。
「……助けて、くださったのよね」
私はアリエル様に助けられた。
本来なら、王族が侍女を助ける、なんて話は聞いたことがない。
ましてや赤子が自分の身を危険へ晒してまで、なんてことはありえない。
前代未聞だ。
あの時、アリエル様はただ怯えて守られていてもよかったのだ。
そうする資格が、ちゃんとあったのだ。
それなのに、前へ出た。
戦った。
……私なんかのために。
その事実を思う度、胸の奥が熱くなる。
感動、という言葉だけでは足りない。
もっと大きくて、もっと強いなにかが生まれてくる。
「アリエル様……ありがとうございます」
小さく、でも、はっきりと呟く。
私はアリエル様に命を救われた。
ならば、この命は、もうアリエル様のために使うべきなのだろう。
これから先、一生をかけてお仕えしたい。
できる限りのことをして、恩を返していきたい。
「私の全ては、アリエル様のために」
……と、その時。
「あうー」
ベビーベッドの方から、のんきな声が聞こえた。
見れば、アリエル様は自分の足を見つめながら、きゃっきゃっとご機嫌そうに遊んでいる。
「うあー」
「……可愛い……」
だめだ。
真面目に決意した直後でも、可愛いものは可愛い。
でも、その可愛らしさの奥に、とんでもない何かが眠っているのだと思うと……やっぱり、ちょっとだけわくわくしてしまうのだった。




