2話 転生
「あうー、うだー!」
気がつけば赤子になっていた。
なにを言っているんだ? と、正気を疑われるかもしれない。
儂も、怪しいことを言っているという自覚はある。
だがしかし。
これは確かに現実に起きていることなのだ。
「おはようございます、アリエル様」
扉の開く音。
ややあって、儂が寝るベッドの前にメイドがやってきた。
ちなみに、アリエルというのは儂の名前らしい。
その名前の通り……
儂は女性になっていた。
なぜ?
どうして?
何度も神に問いかけたものの答えは返ってこない。
居眠りしているのだろうか?
それとも職務放棄か、おい?
答えろ。
斬るぞ?
神であろうと儂は容赦しないぞ?
「ごきげんいかがですか? 元気ですか?」
「あうー」
「ふふ、ごきげんですね。では、失礼します」
メイドが儂を抱き上げ、胸元をはだけた。
乳母というやつだ。
甘く見るな。
儂は黒騎士と呼ばれていた。
同時に紳士でもある。
女性の胸に吸い付くなんてことは絶対にしない!
「あうー!」
「よしよし、今日も元気ですねー」
はっ!?
気がつけば吸い付いていた。
本能的な欲求には逆らえないということか……?
くっ、なんて未熟な!
まだまだ修行不足か。
すまない。
儂のために、ここまでしてしまうなんて……
なにもできないが、せめて、この謝罪の気持ちを受け取ってほしい!
儂は、手を伸ばしてメイドの頭を撫でようとして……
しかし届かない。
くっ、手が短い!
ならば感謝の言葉を伝えよう。
「うだー」
くっ、まったくもってうまく喋れない!
まさか、赤子の身がここまで不便だとは。
「あーうー!」
「ふふ、おいしかったですか? 私も嬉しいです」
違う!
喜んでいないぞ!?
礼を伝えようとしていただけで、はしゃいでいたのではない。
「はい、たくさん飲んでくれましたね。げっぷをしましょうか」
「うあー」
ぽんぽんと背中を叩かれてげっぷが出た。
メイドは満足した様子で儂をベッドに戻す。
それから部屋の掃除を始める。
時折、こちらを確認する。
儂に問題がないか定期的にチェックするようにしているのだろう。
「うあー……」
それにしても……
儂は、ずいぶんと身分の高い家に生まれたようだ。
細かな細工が施された家具。
美術品の数々。
貴族だとしても、これほどの部屋を用意するのはなかなか難しいだろう。
そんな儂の今の状況は?
たぶん……
これは、転生というやつだな。
前世の記憶を保ったまま、新しい生を送ることになったのだろう。
新しい生は女性。
名前はアリエル。
他のことはさっぱりわからない。
「さあ、アリエル様。そろそろお昼寝の時間ですよ」
メイドがやってきて、ぽんぽんと優しく撫でられる。
そうされていると、ものすごく眠くなっていた。
だがしかし。
儂は黒騎士と呼ばれていた男。
そうそう簡単に眠るようなことはない。
戦場でそのようなことをしたら、即、死んでしまう。
だからこそ鋼の意思で耐えることを……
「すやぁ」
――――――――――
転生して三ヶ月が経った。
とはいえ、儂は赤子のまま。
一人で歩くことはできず、ベビーベッドの中で過ごしている。
ただ、それは見た目だけの話。
「あぅーーー……」
魔力は魔法を使うだけはなくて、体の各部器官を問題なく動かすために、あるいは整えるために必要なもの。
故に、赤子であろうと魔力を持つ。
意識を集中させて、魔力の存在をしっかりと感じ取り、精神と同調。
少しずつではあるものの、魔力を操作して身体能力の強化。
及び、新陳代謝の活性化などを図る。
これは、基礎的な魔力鍛錬の一つだ。
魔力の成長幅は幼ければ幼いほど高い。
身長や体格と同じように、魔力も幼い方が伸び代が高いのだ。
逆に、歳を重ねると成長は鈍化して、いくら鍛錬を重ねてもすぐに限界を迎えてしまうことが多い。
前世の儂は、それに気づいた時はかなりの歳を重ねていて、あまり効果を得ることができなかった。
黒騎士などと呼ばれていたが、その大半は、血を吐くような修練によって得られた技術のおかげ。
魔力操作は苦手で、魔力を使う、頼りにした戦いは苦手であった。
しかし、今ならば?
赤子の頃から鍛錬を重ねていけば、大きな魔力を得ることができるだろう。
魔力操作も優れたものになるに違いない。
そこに前世の技術が加われば?
前世と同じように剣を振ることが……いや。
前世以上の力を得ることができて。
思い描いたように自由に体を動かすことができるだろう。
くくく。
なかなか楽しいことになりそうだ。
「……あぅううう」
とはいえ、赤子なので魔力操作はとても大変で疲れる。
長距離を全力疾走するようなもの。
何度もできず、一日に数回が限度。
終わればすぐ眠気に襲われてしまう。
数ヶ月もすれば魔力も増えて、もっと安定するだろうが……
今はこれが限界だな。
「うーあー……」
午前の鍛錬を終えた後、ベビーベッドの中からメイドを観察して……
話を盗み聞きして……
そうすることで、今、儂が置かれている状況をだいたい理解することができた。




