124話 かつてと今の敵
陽動は完璧だった。
兵士が大きく動いたため、その隙に儂と兄様は皇居へ侵入できた。
中も兵士の姿は少ない。
騒ぎの影響で配置が乱れているのだろう。
途中、一人の兵士を捕えて、皇帝の居場所を聞き出した。
忠誠心は高いらしく、なかなか口を割らなかったのだけど……
こちらも、もう手段を選んでいる場合ではない。
強引にではあるが居場所を聞き出して……
そして、さらに奥へ進む。
やがて辿り着いたのは、謁見の間だった。
扉の隙間から中を窺う。
複数の兵士と、文官らしき男達。
そして、玉座に座る初老の男。
歳はとっているが、しかし、その身にまとうオーラは同じ人間とは思えない。
化け物。
一目見て、そう思った。
「……あれが皇帝かな?」
兄様が小声で問いかけてきた。
直接、顔を合わせたことがないからわからないのだろう。
ただ、儂は……
「……うむ」
儂は、即座に頷いた。
「あやつで間違いないのじゃ」
前世の記憶と照らし合わせると、歳はとっているものの……
でも、その覇気は忘れるはずもない。
その顔を忘れるわけがない。
かつての祖国を滅ぼした相手……
前世と今世、合わせて、儂の敵だ。
「ゆくぞ、兄様」
「ああ」
儂達は謁見の間へ突入した。
兵が振り向いて、慌てて武器を構えた。
文官が悲鳴を上げて、逃げ出した。
兵士は適当に捌けばいい。
文官なんてどうでもいい。
狙うは一点……皇帝の首だ。
「……ふむ」
皇帝は、まるで動揺していない。
こうなることを予期していたかのように、不気味なほど落ち着いていた。
「ネズミが出たという話は聞いていたが、二人だけか」
老いた目が、こちらを鋭く射る。
「……そうか。フィーゼルマインの者か?」
「よくわかったのう」
「そちらの男だけならば、もうしばらくは考えただろうが……お前のような小娘がいるのでな」
「むぅ……」
思っていたよりも儂は有名になっていたらしい。
まあ、それはそうか。
幼女が剣を持って戦場を駆け回れば、他国にもその情報は届くだろう。
「陛下! すぐに避難を!」
「ここは、我らが……」
「よい」
前に出る護衛の兵士達を押しのけて、皇帝は玉座の脇にある剣を手に取る。
逃げない?
それどころか、立ち向かってくる……だと?
「この展開を、ある程度は予想していた」
「……なんじゃと?」
「フィーゼルマインのような小国が我が帝国に勝利するには、我の首を取る以外にありえないからな。そして、表で起きた騒動……我が帝国にて、このようなことはない。敵が我の首を狙ってやってきた、と考えるのが自然であろう?」
「貴様……そこまでわかっていながら、なぜ逃げないのじゃ?」
「逃げる?」
皇帝は、くくく、と低く笑う。
おかしそうに。
そして、楽しそうに。
「なぜ逃げなければならない? ここで貴様らを叩けば、今回の戦、我が帝国の勝利が確定する。勝利を目の前にして逃げるなど、愚か者のすることだ」
「こいつ……」
追い詰められているという自覚がまったくない。
むしろ、この状況を逆に活かそうとしていた。
「それに……」
皇帝の圧がさらに強くなる。
「久方ぶりに狩りがいのありそうな獲物だ。それを逃すなど、ありえないぞ?」
「お主……こうなることを望んでいたのか?」
儂らの襲撃を、ある程度、予測していた。
普通の王ならば、その身を護衛で固めて、城の深部に籠るだろう。
しかし、皇帝は違う。
いつもと変わらない様子を見せて、ただ、獲物が来ることを待ち望む。
……読み違えていたな。
儂らは、皇帝を狩るつもりでいたが……
皇帝もまた、儂らを狩るつもりで待ち受けていたのだろう。
逃げるのではなくて。
他の者に任せるのでもなくて。
自らの手で打ち倒す……
皇帝は、王である以前に、一人の武人だったようだ。




