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122話 帝国への道のり

 皇帝を討つ。

 そのために編成された、儂ら少数精鋭の部隊は密かに出発した。


 まずは国境近くまで馬車を走らせる。

 その後は、徒歩で移動だ。


 帝国軍の再編にはしばらくを見込んでいるが、思っていた以上に速く再進撃をしてくるかもしれない。

 時間のない中、時間のかかる方法を選ぶのだけど、見つかっては意味がない。

 故に、時間がかかるとしても慎重に進んだ。


 森を抜けて、谷を越えて、街道を避けて……そして、斥候の目がありそうな場所は遠回りする。


 途中、宿は使わない。

 夜は野営をして、昼は木陰で息を潜めて、帝国領へ入ってからは言葉を交わすことすら最低限にした。


 体力的な面は元より、精神的な負荷もかなり大きい。

 それでも、儂らは足を止めることなく、前に進んでいく。


 国を守る。

 その強い想いが儂らを支えていた。




――――――――――




「……見えてきたのう」


 出立して、しばらく……

 ようやく皇都の近くまでたどり着いた。


 ここまでくれば、すぐ。

 明日は皇都に突入して、そのまま帝城へ。

 そこで決戦が行われることになるだろう。


 打ち勝てば、今回の戦は勝利と言ってもいい。


 目の前に近づいてくる勝利……

 ただ、焦るわけにはいかない。

 万が一にも失敗するわけにはいかないから、できる限り勝率を上げなくてはならない。

 休み、英気を養うこともそのための一つだ。


 人気のない森の中で、小さく火を起こした。

 遠くから煙が見えないように、燃やす枝も湿り気を選び、火も最小限にしておいた。


 他の騎士達が休む中、火の番は儂と兄様が請け負った。


 ただの火の番というわけではなくて……

 たぶん、儂も兄様も、決戦の前にこうして二人きりで話をしておきたかったのだろう。


 火の向こうで、兄様が静かに口を開く。


「明日は、勝てると思うかい?」


 少し意外な問いだった。


「兄様がそのようなことを聞くなんて、弱気じゃのう」

「さすがに、ね……僕だって人間だから、怖いって思うこともあるし、不安にもなるさ」

「ふむ」


 儂も焚き火を見る。


 火は一定の間隔で揺らいでいて。

 しかし、二度と同じ形を取ることはない。


「……儂も、わかりませぬ」


 それが正直なところだ。


 負けるつもりは欠片もない。

 ただ、現実がそのとおりにいくかどうか、それはまた別の話だ。


「絶対、と言いたいですが……絶対はないですからのう」

「……そうだね」


 火がぱち、と鳴る。

 その音に混じって、前世の記憶が胸の底から這い上がってきた。


 燃える街。

 崩れる城壁。

 血と鉄の匂い。


 それらの元凶は、全て帝国だ。

 かつての祖国の敵は皇帝と言ってもいい。


「……皇帝は」


 気づけば、声が低くなっていた。


「必ず殺すのじゃ」


 国を守る。

 それが最優先だと、頭ではわかっていた。

 それでも、前世で失ったものを簡単に忘れることはできない。


 祖国。

 仲間。

 優しい人達。


 守りたかったもの、全部、帝国に踏みにじられた。

 そのことを考えると、激情が胸の奥でどろりと煮え立つ。


 すると、不意に頭へ手が乗った。


「兄様?」


 見れば、兄様が少し困ったように笑っていた。


「今回の戦い、勝たないといけないね」

「うむ」

「けれど、それ以上に最優先があるよ」

「む?」

「死なないことだよ」

「……っ……」


 その一言で、はっとした。


「今……最悪、刺し違える覚悟をしていただろう?」

「それは……」


 否定できなかった。

 というか、まさにその通りだった。


 皇帝は討つ。

 なにがなんでも倒す。

 たとえ……自分が死んだとしても。


 そのような考えが、一瞬でもなかったと言えば嘘になる。


「でも、それじゃあ意味がない。勝ったとしても、アリエルがいなくなったら、それは負けだよ」

「……すみませぬ」

「いいよ」


 少しだけ胸の奥の熱が引いた。


 そう……じゃな。


 儂は、今世では一人ではない。

 帰る場所がある。

 待つ者がいる。

 父上も、姉様達も、サリーも、リーナも、皆がいる。


 そして、それは兄様も同じ。


「でも、それは兄様も同じですからな? 兄様も死なないでくださいぞ」

「……」

「兄様?」

「いや……うん、そうだね。あははっ、一本とられたかな」

「うむ!」


 二人で笑った。


 それから、真面目な顔へ戻る。


「生きて帰りましょう」

「ああ……帰ろう」


 火は静かに燃え続けていた。

 その小さな明かりの前で、儂達は確かに誓ったのだ。


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