114話 読み合い、化かし合い
「前方の砦が開門、白旗が確認されました!」
帝国の兵士達がざわついた。
「なんだって?」
「それ……本当なのか? 降伏するにしては、いくらなんでも速すぎるが……」
「勝ち目はないと、一部の将校が独断で……とか? 我が身可愛さに、っていうのは今までにも何度かあっただろう?」
予想外の展開に兵士達は困惑を隠せない。
ただ、将たるレオンハルトは堂々と構えていた。
静かに思考を巡らせる。
「いかがいたしましょう?」
副官が問う。
「……その砦に兵士は確認できるか?」
「少しだけ、ですが」
その答えを聞いた瞬間、レオンハルトの口元がわずかに歪んだ。
「罠だな」
「え?」
「砦に誘い込み、火計か、あるいは閉じ込めたところへ左右から叩くつもりだろう」
レオンハルトは地図を広げてみせた。
その地図を指でなぞる。
「見ろ。砦の周囲に移動できる場所はない。守りに適した場所ではあるが、逆にいうと、ここから簡単に脱出することは難しい」
「なるほど……」
「降参したフリをして誘い込む……大胆な策ではあるが、まだ詰めが甘いな。誘いが露骨すぎだ」
「と、いうことは……?」
「敵は、我らが砦へ入って罠にかかった時、一気にしかけてくるだろう。おそらくは……ここだな」
指が砦の南北を指さした。
「わずかにではあるが、身を潜めるに都合のいい森がある。ここから挟撃をしかけてくるつもりだろう」
「しかし、我らが砦を占拠したのなら、我らの方が有利になるのでは?」
「火計の可能性もある、と言っただろう? そうでなくても、連中が作った砦だ。外からでも簡単に入れる道を知っている……あるいは、そのような細工が施されていてもおかしくはない」
「なるほど……」
「面白い策だが、私には通用しない」
レオンハルトは、しっかりと地図を確認する。
「私達も部隊を二つに分ける」
「はっ!」
「すぐに出るぞ。砦の左右に潜んでいるであろう敵部隊を叩く!」
――――――――――
「姫様」
伝令役を担うサリーが、少し息を切らしつつ駆けてきた。
本当は、伝令役をしなくてもいいのだが……
少しでも役に立ちたいというから、今回は任せることにした。
実際、人手は足りていないから助かる。
「敵軍は砦に反応せず、左右に部隊を展開させました」
「それは……」
儂は……ニヤリと笑う。
「うむ、予想通りじゃな」
こちらの策が見破られた、なんていうことはない。
全く動揺はしていないし、むしろ、うまくっていることに笑みが出る。
計画通りだ。
適当な将であれば、砦の開門と白旗をそのまま受け取ったかもしれない。
あるいは、警戒しつつも様子を見るために近づいてきただろう。
ただ、敵は帝国の将。
常勝が当たり前で……
それを成し遂げるだけの力と知恵を持っているはず。
なればこそ、露骨な罠を見れば、むしろ避けるだろう。
そして、避けた先にこちらの伏兵がいると読むに違いない。
強く賢い者ほど、二手三手先を読もうとするはず。
だからこそ儂は、四手先を読んだ。
「頃合いじゃな」
砦にはいくらかの兵士を置いてきた。
その左右にも。
ただ、本体はまったく別のところにいる。
敵の注意が砦に向けられている間に、敵軍の側面に回り込んでいた。
普通なら気づかれるかもしれないが……
敵軍は、砦の白旗に意識を取られて。
そして、白旗の意味を考えることに気をとられて、儂らのことを見逃していた。
これも狙い通り。
「敵は、大軍をわざわざ二つに分けてくれた……そして、側面に潜む儂らのことに気づいておらぬ」
無論、これで確勝、と言い切ることはできない。
それなりに優位に立つことができたものの、五分五分に持ち込めた、というところだろう。
でも、それでいい。
元々が、真正面から激突したら、勝率は一割もなかっただろう。
それを五割まで持っていけたのなら万々歳だ。
「出るぞ」
剣を抜いた。
「合図を出せ」
サリーが頷いて、次いで、じっとこちらを見つめてきた。
「はい……姫様、どうか気をつけてください」
「うむ。サリーは、なにか甘いものでも作って待っていてくれぬかのう?」
「……」
「どうしたのじゃ?」
「その……ずいぶん余裕がありますね。いつも通りと言われれば、その通りなのですが……」
「慣れたくはないが、慣れておるからのう」
「え?」
「なんでもない、気にするな」
こういう時、前世の記憶があるのは便利だ。
魔物を相手にするのではなくて、人間を斬る。
単純な小競り合いではなくて、戦争。
普通なら怯み、怯えてしまうかもしれないが……
儂がそのようになることはない。
前世の記憶もあるし……
なによりも、今度こそは守ると誓ったのだから。
「では、行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
サリーが柔らかく微笑み。
儂も、それに笑みを返して……
そして前を見て、キリッと表情を引き締めつつ、強く言い放つ。
「突撃じゃ!」




