112話 あなたのおかげで
それから儂は、他の騎士や兵士のところにも足を運んだ。
皆が皆、遺書を書いていたわけではない。
ただ、似たような不安は誰もが抱えていた。
眠れていない者。
剣を研ぎすぎている者。
必要以上に飯を食べる者。
逆に喉を通らない者。
家族の話ばかりしている者。
無理に強がって笑っている者。
……見せる表情はそれぞれだけど、ほとんどが不安を抱えていた。
だから、一人一人に声をかけていった。
必ず帰る、と。
儂を信じよ、と。
勝つ気でおれ、と。
主として、王女として、戦乙女として。
今ここでそれを言わずに、いつ言うのか。
そんな儂の言葉は少しでも届いたのだろうか?
彼ら彼女らの表情はいくらか落ち着いて……
少しでも心を支える手助けになれたらいい、と本心から思う。
――――――――――
その後、儂は城下町に降りた。
街の人々に声を……
なんていうことはさすがに無理。
物理的に限界があるし、そもそも、戦争の話は、まだここまで届いていないはず。
なにかしらの不穏な空気を感じているかもしれず、いつもと雰囲気が違う気はした。
とはいえ、儂の口からそれを説明するわけにはいかず。
でも、無視することはできず。
あえて王女としてわかりやすい格好で出て、笑顔を振りまいてきた。
それだけでも安心する民は多いらしく、多少、ピリついた雰囲気を緩和することができたと思う。
こういう時は、『戦乙女』の称号に感謝だ。
そうして最後に、儂はリーナのところへ向かった。
夕暮れの宿は、以前の火事が嘘のように整っていた。
再建されたばかりなので、木の匂いがまだ少し新しい。
綺麗で、そして、落ち着く。
「リーナよ、儂が来たぞ!」
「いらっしゃ……ふぉ?」
顔を見せると、リーナが不思議そうに小首を傾げた。
「えっと……アリエル?」
「なんで疑問形なのじゃ?」
「今日はキラキラだから」
「キラキラ? ……あぁ、そういう」
動きやすさはあるものの、王女としてわかりやすい格好だ。
変装もしていない。
「まあ、色々とあってのう……迷惑かのう?」
「え、なんで? そんなことないよ。むしろ、可愛い!」
「そうか……?」
「うん、可愛い!」
「うむ!」
前世は男なので、可愛いと言われても特になんともないのだけど……
でも、リーナに言われると、不思議と嬉しくなる。
魔性の女?
「元気にしておるか?」
「うん、それだけが取り柄だからね」
「そうでもなかろうに」
「そうかな?」
「そうじゃ」
「なら、そういうことにする!」
リーナは普段となにも変わらない。
なんだかんだ、聡い子だ。
街の空気に色々なものを感じているのだろうけど……
でも、それを表に出すことはない。
「……無理はしておらぬか?」
「なんのこと?」
「えっと……なにか疑問はないか? それとも、我慢していることはないか? あるいは……不安に思っていること、とか」
踏み込みすぎかもしれない。
でも、聞かずにはいられなかった。
とても大事な親友なのだから。
だから今は、王女ではなくて一人の人間として聞いた。
「んー……」
リーナは少し考えてから、
「晩ごはんにピーマンが出てこないか、それが不安?」
「……」
「それくらいかな?」
「ぷっ……」
思わず笑ってしまう。
リーナらしいというか……
ダメだ、面白すぎる。
「そうか。なら、その時はがんばらねばならぬのう」
「うー、がんばりたくない……」
「残してはいけないぞ?」
「アリエルは厳しい……でも私、がんばるよ!」
「うむ、その意気じゃ」
「だから、アリエルもがんばってね」
「……」
ついついキョトンとしてしまう。
もしかして、リーナは事情を知っていて……?
「リーナ、お主は……」
「よくわからないけど、アリエル、なんか元気なさそうだから心配かな」
「……そう見えるかのう?」
「うん。なんかこう……むぃー、っていう感じ?」
……どういう感じじゃ?
でも、まあ……
感覚でリーナに見抜かれていたみたいだ。
そうだな。
今日は色々な者に声をかけたけれど、しかし、儂自身も不安を感じていた。
本当に勝てるのか?
本当に守れるのか?
不安を数えたらキリがない。
それをリーナはあっさりと見抜いた。
そして、心配してくれた。
……うん。
この言葉があれば、それだけでなんとかなりそうだ。
乱れていた心が元に戻る。
そして、絶対に勝つ、という強い気持ちが湧き上がってくる。
「ありがとうなのじゃ、リーナ」
「なんのこと?」
「言っておきたかっただけなのじゃ」
「うーん? よくわからないけど、どういたしまして! アリエルが元気になったみたいで、よかったな」
「それもわかるのか?」
「わかるよ。だって、友達だもん」
「……」
うーん。
今日は、何度、リーナに驚かされるのだろう?
何度、欲しい言葉をくれるのだろう?
皆は、儂のことを女神とか言うものの……
儂にとっての女神はリーナかもしれない。
「リーナ……ありがとう」
「えっと……よくわからないけど、どういたしまして!」
リーナは、なんでもないことのように笑った。
うむ。
やはり、友達というのはすごいのう。
「さて……そろそろ戻るのじゃ」
「次はいつ遊べる?」
「そうじゃな……ちと、忙しくなりそうでな。少し時間がかかるかもしれぬ」
「そっか……」
「でも」
儂は、不敵な表情で言う。
「必ずまた遊ぶのじゃ」
「うん!」
リーナが笑顔を見せて。
そして、儂も笑顔を見せるのだった。




