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111話 生きて帰る

 翌日。


「騎士団の様子を見に行ってくるのじゃ」

「はい、いってらっしゃいませ」


 いつもの書類整理が終わり、その後、儂は私室を後にした。

 サリーは部屋に残り、掃除をする様子。


 非日常に突入しつつあるものの……

 でも、日常の時間は大事に。

 そんな風に考えているのかもしれない。


 ゆっくり城内を歩く。


 開戦準備は進み……

 ここまで来ると、さすがにもう完全に隠すことはできない。

 民にはまだ隠されているものの、軍の関係者や城に務める者は耳にしているはず。


 どこか慌ただしく。

 どこかピリピリとしてて。

 非日常が隣にいる。


 この空気を打ち破り、再び笑顔を手に入れること。

 それが儂のやるべきこと、じゃな。




――――――――――




 昼を少し過ぎた頃の空気は乾いていた。

 騎士達の気配にも、いつもとは違う張り詰めたものがある。


 そんな訓練場の脇にある会議室の近くを通りかかった時、中から聞き慣れた声がした。


「こ、この文字は……どうでしょう?」

「そこ、はねると読みにくいですよ」

「こっちの方が可愛くない?」

「可愛さを求めても意味がないと思いますが」

「わかってないなー、こういう時代なんだよ、時代」

「か、かっこいいです!」

「でしょー?」

「……訳がわかりません」


 覗いてみる。


 フォルティア姉妹とリルが机を囲んでいた。

 なにやら、あーでもないこーでもないと言葉を重ねている。


 ふむ?


「なにをしておるのじゃ?」

「「「っ!?」」」


 声をかけると、三人揃ってびくっと肩を震わせた。


「ひ、姫様!?」

「アリエル様!?」

「わぁっ!?」


 なにやら後ろめたい空気だけど、どういうことだろう?

 不思議に思い、さらに前へ。


 机の上を見ると、紙が何枚も広がっていた。

 書き損じたものもある。


 どうやら、リゼットとミレナがリルに文字を教えているらしい。

 基本的な読み書きはできるものの、難しいものは苦手なようだ。


 それはいいのだけど……

 ただ、その内容が気になった。


「これは……遺書、か?」

「「「……」」」


 三人が、さっと気まずそうに目を逸らした。


 図星か。

 まあ、この手紙の後を託すかのような文章を読めば、問い詰めるまでもなくわかる。


 ややあって、リゼットが真面目な顔で答える。


「はい、その通りです。生きて帰ってこられるかわからないので、今のうちに……と」

「今のうちにできることはしておこうかな、って」


 ミレナも、いつになく静かな声だ。

 そして、リルはしょんぼりと言う。


「だ、大事なものですから、文字がちゃんと綺麗な方がいいかな、って……」


 ……まあ、わからないでもない。


 先が見えない状況で、いざという時、後に言葉を残すことは大事だ。

 普通に考えたら、それは必要なことなのだろう。


 ただ……


「いらぬ」


 儂は、その紙を真っ二つに破った。


「あー!?」

「姫様!?」

「ぼ、僕の練習の成果がぁ!?」

「このようなものはいらん、いらぬ、いらないのじゃ」


 三連発。

 三人はキョトンとした。


「必ず、生きて帰るのじゃ」

「しかし……」


 リゼットがなにか言おうとしたが、儂はそれを遮る。


「戦う前から負けた後のことを考えていたら、勝てる戦も勝てなくなるぞ?」

「それは……」


 これは精神論だ。

 現実的な話をしていない。

 それは重々承知の上。


 ただ、儂はわりと真面目だ。

 戦場では、意外とそういう精神が大事だったりする。


 前世でも、敵陣に一人で突撃した時は、死ぬかも、ではなくて、生き残ってやる! という気概で剣を振るった。

 結果、生き残ることができた。


「病は気から、というのと似ておる。勝つ気のない者が、本当に勝てると思うかのう?」

「「「……」」」


 三人とも、露骨に自信なさげだった。


 まあ、仕方ない。

 簡単に気持ちは切り替えられないし、開き直ることも難しい。

 相手は帝国という、大陸最強の敵なのだから。


 ならば、ここで儂が言うべきことは一つ。


「ならば、儂を信じよ」

「えっ」

「儂が皆を勝たせるのじゃ。そして、生きて帰らせる……それは、絶対の絶対じゃ」


 強く言い切る。


 三人は、ぽかーんとした。


「信じられぬか?」

「ううん、まさか!」


 最初に我に返ったのは、ミレナだった。


「私達は生きて帰るよ! 皆で一緒に!」

「そうですね……その通りです。生きて帰りましょう。今は、遺書を書くのではなくて、鍛錬に時間を割くべきでしたね」


 リゼットも強く頷いた。

 それはリルも同じ。


「ぼ、僕も……! 生きて戻ってきます! が、がんばります!」

「うむ……それでよい」


 儂は満足そうに頷いて、それから、にっこりと笑うのだった。




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