107話 相談してもいい
数日後。
一見すると、王都はいつも通りだった。
市場が開かれていて、たくさんの人が行き交い、城下町には笑い声が響いている。
王宮の廊下も、表面上は平時の空気が残っていた。
ただ、それはあくまでも表だけ。
水面下では、全てが慌ただしく動いていた。
武具と兵糧の確認。
街道と国境の再点検。
使者の往来。
徴兵ではなくて、まず動員可能な兵の再編成。
そして父上は、友好国の王達や重臣達と会談を繰り返して、結束を新たにしていた。
かなり慌ただしいものの、今のところ情報統制がしっかりとされているらしく、帝国の件が表に漏れた様子はない。
ただ、不穏な空気を感じ取る人はいて……
また、街と街を行き交う商人や冒険者などが、ちらりと情報を得たらしく、見る目が少しずつ厳しくなっているのを感じた。
皆が忙しい。
そして、儂もまた忙しい。
「むうううう……」
儂は私室で、机へ突っ伏しそうになりながら唸っていた。
その机の上には、色々な資料。
周辺の地図、兵力の試算、帝国軍の過去の侵攻例、国境地形、補給路、こちらの兵士の練度と数……数え切れないほど。
どれを見ても楽観できる材料はない。
というか、悲観になる要素しかない。
帝国は数百万の兵を抱えている。
対して、フィーゼルマインは数万。
百倍近い差は絶望しかない。
友好国の兵力を合算しても、十五万ほど。
それでも、帝国と比べれば圧倒的に足りない。
もちろん、帝国が一度に全軍を動かすことはないだろう。
補給もあるし、そんなことをしたら別方面から攻められる。
一度に動かせるとしたら、五分の一くらいか?
それでも十分すぎる差がある。
「ここまで差があると、どのような策を考えても効果は薄いのう……」
兵力差が極端すぎるのだ。
策というものは、ある程度の土台があってこそ活きる。
しかし、その土台がまったく違うとなると、奇策も妙手も、結局は力と数の暴力で踏み潰されてしまうだろう。
考える。
考える。
考える。
とにかく考えて、そして煮詰まる。
やばい、知恵熱が出そうなのじゃ。
そんな儂を見て、サリーが小さくため息を吐いた。
「アリエル様、少し気晴らしをしませんか?」
「ぬ?」
「今のアリエル様、考えすぎているせいなのか、目がぐるぐるしています。自分の尻尾を追いかける犬みたいです……可愛い♪」
「お主は、もうちょっと欲望を隠そうとしないのかのう……?」
「これが私ですので」
開き直られた。
「というわけで、行きましょう」
サリーが、儂の着替えを始める。
「な、なんじゃ!?」
「着替えです。このままでは外に出られませんから」
「いきなりすぎないかのう。というか、今、変なところを触っておらぬか!?」
「気のせいです」
「嘘じゃーーー!!!」
かくして儂は、半ば強引に私室から連れ出された。
そして気づけば、リーナのところへ来ていた。
「やれやれ……」
ぶつぶつ言いながらも、ここへ来ると少し肩の力が抜けるのだから、我ながら単純なものだと思う。
「いらっしゃい、アリエル!」
リーナは今日も元気だ。
その笑顔を見ると、さきほどまでの疲れが吹き飛んでいく。
なんというか……
やはり、我ながら単純だった。
「なんか元気ないね?」
「ちと困ったことがあってのう……それで、頭を悩ませておるのじゃ」
「ふーん」
リーナは小首を傾げて、それから、実にあっさりと答えた。
「そういう時は、お父さんとかお母さんとか、頼りになる大人に相談したらいいんだよ」
「……え?」
ぽかんとした。
「一人で考えても、うにゃーってなっちゃうだけだもん。だから、相談するのが一番!」
それから、少し照れくさそうに笑う。
「あ、もちろん私も、お話聞くよ?」
「……」
唖然とした。
相談する……そんな選択肢が頭からすっぽり抜け落ちていた。
いや、父上や兄様や宰相殿とは話はしている。
だがそれは、報告や任務としてのやり取りであって、相談ではない。
儂自身が本当に困っていることを打ち明ける、という意味ではない。
前世でもそうだ。
なにもかも全部、一人で解決しようとした。
自分が強ければなんとかなると信じた。
誰にも負担をかけないことこそが正しいと思っていた。
そして……失敗した。
祖国は滅びた。
守りたかったものを守りきれなかった。
それなのに儂は、今世でもまた、同じことを繰り返そうとしていたのか……?
「儂は……また、同じ過ちを……」
「アリエル?」
リーナが不思議そうにこちらを見る。
そう……じゃな。
うむ。
ここで落ち込んでいても、なにも変わらない。
なにも解決しない。
せっかく、リーナが道を示してくれたのだ。
ならば、後は突き進むだけ。
「ありがとうなのじゃ、、リーナ!」
「ふぇ?」
「いくぞ、サリー!」
「忙しないですね」
「仕方ないのじゃ、やるべきことがわかったからのう!」
「えっと……」
状況が飲み込めないらしく、リーナがキョトンとした。
ただ、儂の悩みが晴れたことは理解したらしく、嬉しそうにする。
「よくわからないけど、解決しそう?」
「うむ」
「そっか、よかった。じゃあ、今日は遊べないかな?」
「うっ……すまぬ。来ておいて、すぐに……」
「いいよ、大丈夫。でも、今度は遊ぼうね」
「うむ!」
「またねー!」
リーナに見送られながら、儂は王宮に戻る。
今度こそ、一人で抱え込まない。
相談しよう。
知恵を借りよう。
頼れる者達へ、ちゃんと頼ろう。
そのための仲間であり、家族であり、臣下なのじゃから。




