104話 開戦の兆し
「インサラウム帝国の狙いは、おそらくは……フィーゼルマイン、かと」
「「「……」」」
予想はしていたが、いざ現実となると、なんて反応していいかわからない。
重苦しい空気が執務室全体に落ちる。
エルレイン姉様が補足するように続ける。
「なにかの間違いの可能性もあると思い、何度も検証しましたわ。ですが……結論は変わりませんでした」
「インサラウムの次の標的は、フィーゼルマインだろうな……ふざけたことだが」
レイ姉様も、そう結論づけた。
そうか。
二人は、そのために帰国してきたのか。
兄様は、小さく息を吐いた。
「そうだね……なにかの間違いだ、と思いたいところだけど、そんな気楽に構えることはできない。相手は、あの帝国だ……次は我が国を標的にしたんだろう。むしろ、今まで見逃されていたことが不思議なほどだよ」
「確かに……な」
「いつかは、とは思っていましたが、いざ目の前に迫ると……うまい言葉が出てきませんな」
父上と宰相殿も、とても苦々しい表情だ。
それも当然だ。
アウムドラとの戦争は避けることはできたが、今度はそうはいかないだろう。
しかも、相手は何倍の国土、国力を持つ帝国。
まともに戦えば敗北は必須。
つまり……
国の存亡の危機というわけだ。
「……今にして思うと」
兄様は思い出すようにしつつ、言う。
「今までに起きた一連の事件、どうしても納得できないところがいくつかあったかな」
「と、言いますと?」
宰相殿が問う。
「アウムドラの件……というか、驚異的な力を引き出す薬かな。結局、アウムドラが作っていたわけじゃないということが、後々で判明している。そうなると、薬はいったい、どこから?」
「それは……」
王子が持っていた異形化の薬。
暗殺者の拠点にあった怪しい強化薬。
どれも出所が掴めないままだ。
「他にも、色々と疑問の残る事件が多い。一応の解決はしているものの、完全解明には至ってなくて、どこかで疑問が残っている……そんな事件ばかり」
「……確かに」
「もしかしたら、だけど……アウムドラも、帝国に利用されていたのかもしれない。フィーゼルマインに打撃を与えるために利用されていたとしたら?」
「……」
「今まで起きた事件を、その前提で並べると、全部が一本の線で繋がるんだよね」
父上が、重く息を吐いた。
「今、この時ではなくて……ずっと前から我が国は狙われていた、ということか」
「おそらく、ですが」
「……エルレインよ。もしも開戦となれば、どうなると予想する?」
エルレイン姉様は一流の淑女だが、同時に、一流の策略家でもある。
宰相殿も認めるほどの頭脳を持つ。
エルレイン姉様はとても厳しい表情で、嘘偽りのない考えを言う。
「私は、伝え聞いただけですが……ドラゴン襲撃の時とは、比べ物にならない被害が出るでしょう。ドラゴン襲撃は……アリエルが食い止めたと聞きますが」
ちらりと、視線がこちらに向いた。
「その時、もしもアリエルがいなければ、ドラゴンにより、国は甚大な被害を受けていたでしょう。とはいえ、再生できないほどではない。しかし……」
一瞬、エルレイン姉様が拳を強く握る。
「帝国との開戦となれば……フィーゼルマインは滅びる可能性が高いでしょう」
「「「……」」」
それが事実。
そして、高い確率でやってくるであろう破滅。
そんなバカな、とか。
ありえない、とか。
現実逃避の言葉すら出てこないほど、とても重い現実だった。
エルレイン姉様とレイ姉様は、真っ直ぐ父上を見た。
「それを止めるために、私達は使者として派遣されてきましたわ」
「今こそ、皆の力を束ねて戦うべきだ」
「フィーゼルマインが陥落すれば、次は我が国でしょう……そのような打算の言葉となりますが、ここで失うわけにはいきません」
「故に、我らの国も参戦を決意しています。参戦……あるいは、交渉で開戦を避けるなど、あらゆる方法を探るべきかと
続いて、王子達も決意を語る。
「……むぅ」
父上は悩ましげに眉間を押さえた。
大きな決断だ。
他国との同盟を前提とした総力戦となれば、あるいは滅びは避けられるかもしれない。
しかし、他国を巻き込むなんて、そうそう簡単に決められることではない。
迷う。
考えて。
悩んで。
そして、その視線が、ふいに儂へ向けられた。
「アリエルはどう思う?」
「……」
答えられなかった。
「アリエル?」
兄様が少しだけ不思議そうに呼ぶ。
でも、答えられない。
というか……
儂の心は今、荒れに荒れていた。
ぐるぐる、ぐるぐると色々な感情が渦を巻く。
声は聞こえているし、目の前の現実は理解している。
でも、考えることはできない。
先のとある言葉が、儂の中であまりに強くて。
あまりにも深く、あまりにも重く。
意識の奥を揺さぶり続けていた。
先のとある言葉……インサラウム帝国。
それは……
……前世の儂の祖国を滅ぼした相手だ。




