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103話 インサラウム帝国

 酷い目にあった。

 いや、本当に酷い目にあった。


 礼法、姿勢、言葉遣い、歩き方、座り方、視線の置き方、王族としての自覚……もう数え切れないほど。

 エルレイン姉様は容赦なく矯正してきて、その隣でレイ姉様は、


「ほら、気合いが足りねえ! もっと気合を入れろ!」


 などと無駄に煽ってきた。


 いやいやいや。

 礼儀作法で気合って……真逆では?


 でも、口答えしようものなら十倍になって返ってくる。

 借りてきた子猫のようにおとなしくするしかなくて、なんとか耐えた。


 前世で拷問を受けたことがあるけれど、その時よりもきつい。


 ……ちなみに、逃げたサリーには色々と無茶難題を振っておいた。

 儂を見捨てた罰である。


 ……と、まあ。


 これはこれで、平穏な日常なのだろう。

 姉様達の教育はきついのだけど……

 なんだかんだ、こういうことができるというのは平和の証。

 いいことなのだろう。


 ただ……


 それも終わりを迎える。




――――――――――




 数日後。

 大事な話があると、儂は父上と兄様に呼ばれた。

 いつものようにサリーに身支度をしてもらい、父上が待つ執務室へ。


 父上……王の執務室には、そうそうたる面々が揃っていた。


 父上と宰相殿。

 儂と兄様。

 そして、エルレイン姉様とレイ姉様……そして、その夫達。


 挨拶と自己紹介は簡単に済んだ。

 父上は二人の娘と再会できたことを素直に喜び、姉様達も礼儀正しく応じる。

 ただ、和やかな空気はすぐに消えて、本題へ切り替わる。


 まず前へ出たのは、姉様達の夫達……友好国の王子達だ。


 姉様達との結婚は政略的な要素が大きい。

 ただ、本人達は特に気にしていない様子で、とても仲が良い。

 夫婦が揃うと、年若い恋人のように甘い様子を見せつけてくるのが、またうざい。


 が、今はそのようなことはしない。

 真面目な表情で……いくらかの緊張感と共に、言う。


「東のインサラウム帝国が、開戦準備を進めている可能性が高いです」

「「「っ……!?」」」


 場の空気が一気に変わった。


 開戦準備。

 つまり、戦争になるかも知れないということ。

 緊張して当然。

 表情をこわばらせるのも当然。


 ……ただ。


 儂は、別の理由で顔を強張らせていた。


 インサラウム帝国。

 その名前は……


 心臓が跳ねる。

 妙な汗が流れてしまう。

 乾いていないはずなのに喉がカラカラになってしまう。


 そんな儂の異変に誰も気づくことはない。

 そのまま話は進んでいく。


「かの東の大国が動き始めるかもしれない……か」


 兄様はとても苦々しい表情で言う。


 インサラウム帝国。


 東方に巨大な国土を持つ大国だ。

 力こそが全てという皇帝のもと、周辺国家への侵略を繰り返してきて、版図を広げ続けてきた怪物のような国だ。


 フィーゼルマインも以前から警戒はしていた。

 諜報活動は欠かさず、東への守りも強化。


 エルレイン姉様とレイ姉様がそれぞれ別の友好国へ嫁いだのも、単なる縁談ではない。

 国と国を繋いで、東の脅威に対抗するための布石でもあった。


 兄様が目を細くして問いかける。


「それは、どこを標的としているのかな?」


 王子達は顔を見合わせた。


 少しだけ言い淀み、重い表情で告げる。


「インサラウム帝国の狙いは、おそらくは……フィーゼルマイン、かと」



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