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102話 姉、襲来

 儂は第三王女だ。

 ならば当然、上に姉が二人いる。


 もっとも、年はかなり離れている。

 十歳以上の差がある。


 物心ついた頃には、すでに二人とも『立派な姉』としてそこにいた。

 なので、儂からすると姉というよりは叔母というか……いや。

 これを口にしたら烈火のごとく怒るので、姉でいいか。


 そんな姉が二人。

 今は、二人とも他国へ嫁いでいる。

 王女というよりは、一国の妃、あるいはそれに準ずる立場として動いていた。


 家族としては、もちろん好きだ。

 ただ、ちょっとした苦手意識もある。


 第一王女のエルレイン姉様は、とにかく厳しい。


 礼儀作法、立ち居振る舞い、言葉遣い、姿勢、視線……果てには微笑み方まで、あれこれと指摘してくる。

 なにか一言でも反論しようものなら、


「女とはこうあるべきですわ」


 の一言で、万倍になって返ってくる。

 そして、容赦のない矯正。

 儂の口調はともかく、礼儀作法がそこそこ様になっているのは、エルレイン姉様の教育の賜物だ。


 本人が完璧無欠の淑女で絶世の美人だから、反論しづらいんだよな。


 第二王女のレイ姉様は、逆方向で強い。

 ついでに言うと、物理的にも強い。


 美人だけど、しかし、どこか中性的。

 格好よさが前に出た、女傑という雰囲気を持つ人だ。


 中身は、がさつで適当で、思い立ったらすぐ動く。

 周囲をぐいぐい引っ張り、巻き込み、妙な勢いで全部進めていく。

 本人に悪気がない分、なおさら質が悪い。


 まあ、物事は良い方向に進むし。

 正義感に従い動いているから、悪い人ではないのだけど……


 つまり、まあ。

 どちらも強烈な姉だった。


 前世でさえ、あのような女達は見たことがない。

 たぶん、姉様達が特殊なのだろう。


 ……故に。


「サリーよ」

「はい?」

「儂はこれから、任務で辺境に一ヶ月ほど滞在する……そう、父上と兄様に伝えよ」

「逃げる気ですか!?」


 サリーが思わず素の声を出していた。


「当たり前じゃ! また姉様達に振り回されるのはごめんじゃ!」

「気持ちはわからないでもありませんが、それは許されません」

「いーやーじゃー!」

「ダメです! ほら、行きますよ」


 こういう時のサリーは妙に強く、儂は逆らうことができない。

 親に咥えられて運ばれる子猫がごとく、連れて行かれてしまう。


「アリエル、よくわからないけどがんばってねー!」

「生きて帰れることを願っておいてくれ……」


 そうやって、リーナの宿を後にして、王宮へ戻る。


 変装を解いて。

 それから、いつものように半ばサリーのおもちゃにされて、可愛らしく着替えさせられた。


「可愛いです♪」

「はぁ……姉様達に会うためにおめかしていると思うと、憂鬱じゃのう……」

「……へぇ」


 ひやり、とするほど整った女の声が背後から響いた。


「わたくしに会うのが、それほど憂鬱なのかしら?」


 続いて、もう一つ。


「面白い話だな、よく聞かせてくれよ」

「ひぃ!?」


 ぎぎぎ、と錆びついた人形のように振り向く。


 そこに立っていたのは、二人の女性だった。


 第一王女エルレイン。


 長い銀髪を艶やかに結い上げた、まさに絶世の美人。

 冷たい印象すら与えるほど整った顔立ちと、隙なく整えられた所作。

 淡い色のドレスすら、彼女が纏うと一種の戦装束めいて見える。


 礼儀作法にとても厳しく、そして頭脳明晰。

 氷のように美しい完璧な淑女だ。


 そして、第二王女レイ。


 こちらも文句なしの美貌だが、印象はまるで違う。

 短めに整えた髪と、すらりとした体格。

 動きやすそうな装い。


 美しいというよりは格好いい。

 勝ち気で強気、男勝りで、周囲を力ずくで引っ張っていく覇気がある。

 妙なカリスマ性があり、彼女が笑えばなんでもできそうな気がしてくるという理由で、男女共に大きな支持を得ている人だ。


「え、エルレイン姉様……レイ姉様……」


 思わず声が震える。


 仕方ないであろう?

 だって……怖い。


「い、いつの間に?」

「ついさきほどですわ。可愛い妹の様子を見に来ましたの」


 エルレイン姉様が、にっこりと笑う。

 しかし、目はまったく笑っていない。


「久しぶりだな、アリエル。憂鬱だとかなんだとか、なにやら面白い話をしてたみたいだが?」

「き、ききき、気の所為ではないですかのう?」


 引きつった声で答える。


 儂、笑えている?

 笑えているよな?


「そうか、気のせいだったか」

「そ、そうですとも!」

「はっはっは!」

「アハハハ!」


 数秒の沈黙。

 そして……


「なんて……」


 レイ姉様の口元がにやりと歪む。


「ごまかされるわけねえだろうが!」

「あなたには、もう一度教育が必要みたいですわね……こちらへ来なさい」

「ひぃいいいいい!?」


 逃げようとしたが、姉様達の方が早い。

 レイ姉様に右肩を押さえられて、エルレイン姉様に左肩を押さえられて、そのまま連行されてしまう。


「さ、サリー!?」


 一途の望みをかけてサリーを見るも、


「……」


 ふいっと視線を逸らされた。

 挙句、「お掃除をしないとー」と棒読みに言って立ち去る。


 ぐっ……!

 み、見捨てられた……


 ……こうして、儂の平穏な時間はあっという間に崩れてしまうのだった。


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