第四章 距離感 6 side 出雲響~8 side 出雲響
6 side 出雲響
倉庫から追い出された後、一旦家に帰って名前は未だに決まってない猫達に餌を上げた。そしてすぐに家を出てあの猫達を拾った公園でぼーっとしている。何となく友達の家にも行きづらいし、それに一人になりたかった。
三ヶ月ぶりに手元に戻ってきた鞄には通信機が入っている。しかし、頭が混乱していて二五一〇年に連絡をとる気が起こらない。
同じp‐typeなのに、何であんなに性質が違うんだ? 勿論、人間とp‐typeの間で子供も作れない筈だ。どこからp‐typeは変わったんだ? しかも聖は今、p‐typeを作る事に迷いを持っている。
トランシーバーが鳴る。一見レトロなトランシーバーに見えるがこれでも最先端通信機だ。時間を超えて会話する事ができる。
仕組みとしては、過去で台詞を録音して未来でその台詞に対する応えをそのトランシーバーに吹き込んでタイムトラベルさせた事にする。これを物凄いスピードで行うとと会話が成立する。まぁややこしいから、時空電話と理解して何の問題も無いと技術チームには説明されている。
「はい、こちら二〇一〇年の出雲響」
本当は取りたくないけど、無視するわけにもいかない。。
「やあ、響君。全然応答が無くて困ってたぞ」
声は部長のものだった。この人直々に動くなんて珍しい。まぁ、人類の運命を左右するミッションだ。動かない方がおかしいという考え方もある。
「部長。申し訳ありません」
「いいや、謝らなくていい」
こんなに優しい声の部長は初めてだ。
「こちらは素晴らしい状態になっているぞ」
「それはどう言う事ですか?」
「p‐typeの種を作っている源の木が実をつけなくなっているんだ。今、p‐typeは人間を殺しても新しいp‐typeを作る事が出来ない。今がチャンス。場合によっては戦争も有り得る」
聖の心の迷いが未来にダイレクトに表れるのか。
「まだ、麻生聖を殺していないようだな。早く殺して我々の勝利を確定させてくれたまえ」
「あの……部長……」
言いかけると急に話し相手が変わった。部長はもう言いたい事を言い終えてしまったらしい。
「響か?」
声の主は零先輩だった。
「零先輩。あの……俺……」
「どうしたんだ?」
零先輩の優しい声。久しぶりに聞いて思わず本音が漏れる。
「俺……俺……聖を殺したくありません!」
時空電話の向こうから大勢の声が聞こえる。色々な表現で罵倒される。零先輩だけが何も言わない。
「何を言っているんだ、響君! 君は麻生聖を殺す為に二〇一〇年に居るんだぞ!」
怒鳴りつける部長の声が、時空電話を通って公園内に響き渡る。
そして静寂。
「本当なの?」
後ろから静寂を破って声が聞こえる。
「!」
振り返ると聖が立っている。
「聖……」
名前を呼んだのは俺ではない。時空電話越しの零先輩だ。しかし、俺は反射的に時空電話をオフにする。
「聖……あのさ……」
「あれね……鞄。響のだって知ってたの」
驚くほど落ち着いた声だ。
「鞄の中に原付の免許入ってたから」
そう言えば免許も何かの役に立つと作っていた。
「東雲さんが私に預けてくれたの。この鞄の中身を調べれば、響が何処から来たか分かるって。一番最初に響に会った日の帰りに携帯で呼び出されて、研究所で渡されたの」
最初から俺の事知ってた。それでも普通に接してくれていたのか。
「東雲ってお前の援助者か……」
「うん。好奇心から軽い気持ちで調べたの」
「ああ」
「中に入っていたあの銃。あれは今の科学技術じゃ絶対に作れない。だけどずっと黙ってた。何か訳があると思ってたから」
「…………」
「訳は、私を殺す為だったんだね」
「聖……」
7 side 麻生聖
響と出会った最初の日、学校の帰りに東雲さんから響の鞄を渡された。
現代の物体に見えるように巧妙に細工されていたが、現代の技術では作れないものばかりだという事は直ぐに分かった。
その日の帰り、再び響に出遭った。所在無さげに猫と雨に打たれている響。取り敢えず悪い人ではないと思った。
お金も大量に入っていたから、本当は直ぐに鞄を返すべきだったのかもしれない。でも鞄を返したら、響が私から離れていってしまいそうで怖かった。このままあの鞄さえ出なければ、ずっと傍に居られると思ってた。浅はかな考えだと思う。だけど、そんな儚い幸せを永遠だと信じてた。
「何を言っているんだ、響君! 君は麻生聖を殺す為に二〇一〇年に居るんだぞ!」
聞いてしまった決定的な台詞。響はこの時代の人間ではない。鞄の中身の科学技術と日々の言動から察するに、恐らく数百年後の未来人だろう。そして何よりも……
私を殺しに来たんだ。
あの笑顔も あの台詞も 抱き締めてくれた事も 励ましてくれた事も ずっと傍に居てくれた事も 全て 全てが 偽り。
嘘つき 信じてた 裏切るなら幸せなんて教えてくれなくて良かった ずっと一人なら一人の怖さに気付かないでいられた。どうして私の領域に入った? どうして私の世界を壊した?
現実はあまりに残酷すぎる。何が本当で何が嘘なのか? 響の全部が本当だとは思ってなかった。私だって研究の事とか話してない事は沢山有った。でも、信じてた。何がって訳じゃなくて、響の事を信じてた。
全て私を殺す為の演技だ。私を殺す事が目的なのだから、離れていってしまう事を心配する必要なんて最初から無かった。私が死ぬまで傍には居てくれただろう。
夕日が沈みかけた公園。綺麗な夕焼けだ。直ぐに雨が降ったけど、響と猫を拾った日も夕焼けが綺麗だった。あの日とそっくり。響が座っていて私が立っている。
でも、あの日とは決定的に違う。あの日は出会い。今日は決別。
この事実を知ってしまった以上、お互いに傍には居られない。
私は響が好き。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
ただ、お互いに瞳だけは逸らさない。
「響、アンタ、どこから来たの? どうして直ぐに私を殺さなかったの?」
涙が溢れた。響の前では泣きたくなかった。でも、涙が止まらないよ。
8 side 出雲響
「俺は……」
もう真実を話すしか無い。
「西暦二五一〇年から……聖を殺す為に来たんだ。でも、殺せなかった。お前が世界を崩す人間には思えなかった。それに……俺……お前の事大切だと思ってるから」
しどろもどろ応える。ここでお前が大切だからって逃げ道のある台詞を言うあたり、俺は何処までも臆病者だ。はっきり言って腐ってる。こんな人間だから聖には相応しくない。
「……殺しに来たくせに……」
聖が泣きながら呟く。聖は泣き虫だ。俺の前では泣き顔を見せないようにしてたみたいだけど、それでもよく泣く。
「さよなら」
「えっ?」
唐突に会話を打ち切り聖が走り出す。
慌てて追いかけようとするが、ベンチから立ち上がって追いかけるので、そのまま走り出す聖に直ぐには追いつけない。聖は公園の前に停まっていた黒い高級車に乗り込む。
「東雲さん出して下さい」
東雲……援助者? 何で俺の鞄を聖に渡した?
疑問で頭が混乱する俺に構うことも無く、車は凄い勢いで発進する。俺も自転車に飛び乗り追いかける。体力には自信が有る。
車が停まったのは海辺。聖の研究所前だった。
俺が追いついた時には、聖は東雲と呼ばれた男と研究所の裏に設置された円形の台に乗っていた。そう、時空移動装置だ。
「何で、こんな所に……」
呆気に取られていると東雲が自分の髪に手をかける。
「鬘!?」
東雲が黒髪の鬘を取ると緑色の髪の毛が現れる。
「p‐typeか! 聖! 待て!」
そう叫ぶのと同時に恐ろしい事に気が付いた。
東雲の顔。
「父さん……?」
十二年振りに見る父の顔。あの時のp‐typeだ。
あの日から少し年齢を重ね、丁度思い出の父親と同じ世代になっている。
――バリバリバリ
空気を切り裂く音が聞こえる。
俺が声を出した時には、もう聖と東雲の姿は時空の彼方に消えていた。
「聖―!」
さっきまで聖が立っていた台に駆け寄って叫ぶ。
何時もなら、後ろから
「響、どうしたの?」
と言って笑いかけてくる。
だけど……。
何時まで待っても聖は現れなかった。




