第五章 現在・過去・未来 1 side 出雲響 ~3 side 出雲響
第五章 現在・過去・未来
1 side 出雲響
「どうしたの?」
時空移動装置に座っていると、女の人が聞こえた。
「!」
慌てて振り返る。情けない事に本気で聖だと思ってしまう。
しかし、そこに居たのは亜香梨さんと野村。
「あっ……」
あまりにも意外な組み合わせだったので、何から言って良いのか分からなくなる。
「聖は一緒じゃないの?」
「何で亜香梨さんと野村は一緒に居るの?」
取り敢えず話を逸らす。
「話を逸らすな」
「あっ、バレバレですか……」
「まぁいいわ。私と野村君は付き合ってるから、一緒に夜の海を眺めに来ていても、ちっとも不思議じゃないのよ」
「え? 付き合ってるの?」
デートコースでは無く、まずそこが不思議だ。本当に男と女の事は理屈では整理できない事が多い。
野村は適当な光源を見つけて英語で読む日本の歴史を読み始める。こういった会話にはあまり興味が無いらしい。
俺だって無い。
「そうよ」
亜香梨さんがけろっと応える。
「変わったご趣味ですね」
「聖よりマシよ」
「…………」
「聖は何処?」
「家に帰ってると思うよ」
――パチン
……頬を引っ叩かれる。
亜香梨さんも女の子。あまり力は無いので、痛みはそれ程感じない。
ただ、何で叩かれたのか分からない。
「俺、何かした?」
「アンタの様子見れば聖に何か有った事位分かるわよ。どうしてちゃんと捕まえておかないの?」
「亜香梨さんは何か勘違いしてるみたいだけど、俺は聖に特別な感情は抱いてないよ」
平然と応える。
「アンタねぇ!」
亜香梨さんが掴みかかってくる。
身長はそんなに違わないから結構迫力がある。
「何とも思ってないわけ無いでしょ? じゃあ何であの娘の傍に居たの? 何であの娘の心を開いた? 気まぐれの優しさだったの? ちょっと可愛い子に好かれたから気分良くて適当に弄んでいたの? あの娘がアンタみたいなろくでなしに、どれだけ惹かれてたか分からなかったの?」
一気に捲くし立てられる。
何時もの色気むんむんの余裕は無い。俺は亜香梨さんから目を逸らして応える。
「分からないよ。こんな俺の何処が良いのかなんて」
次の瞬間、襟元に力が加わる。
――ふわっ
身体が一回転するとそのまま地面に激突する。
咄嗟に受身はしたから怪我はしていない。投げたのは野村。話に集中していたとは言え、近付いてくる気配を感じられなかった。
「野村?」
「つまらない嘘をつくな」
標準語で言われた。
「つまらないだって?」
体を起こしながら野村に殴りかかる。
顔に一発入る。
しかし、殴った右腕を掴まれ身体を固定されボディーに拳を入れられる。昼食で食べた物が込み上げて来て胃液と共に口から体外に排出される。
「つまらない事だろうが? 殴られて傷付くのは怖くない。だが、人と触れ合って傷付くのは怖いのだろう?」
殴り合いは続いている。
訓練を受けている俺の方がやや押されている。
「野村、お前どんな訓練受けたんだよ?」
「別に中学時代に部活やっていただけだ。それに某が強いのではない。怖がっているお前が弱いだけだ」
怖がってるって? 俺は自分が傷付くのを恐れていたのか? 中途半端な答え。
任務のせいにして自分の気持ちに逃げ道を作ってた。
卑怯者。俺にぴったりの言葉だ。
自嘲的に笑う。その隙に顔に一発入って吹っ飛ばされる。
俺は聖をどう思ってる?
何で殺せなかった?
大切だから?
それは嘘ではないけど、本当でもない。
好きだから。
笑えるくらい簡単な答えだ。
俺は麻生聖が好きなんだ。
あの笑顔あの泣き顔全てが欲しかったのではないか?
ただの同居人で、ただの友達で満足だなんて、嘘にすらならない。
他の男と話している時、嫌ではなかったか?
他のヤツと仲良くしている時、どうして俺はそっちを見ていた?
ヤキモチ。独占欲。醜い感情。
俺は自分のそんな部分は見たくなかった。認めたくなかった。
だけど、何度抱き締めたいと思った?
何度キスしそうになった?
いつもアイツを手に入れたい、自分のモノにしたいと思ってた。
ずっと好きで居て欲しいと思ってた。
自分は気持ちに応えられないとか言いながら、何とも都合のいい話だ。
俺は最低だ。聖の傍に居る資格なんて無い。でも、俺は……
「聖が好きだ」
公然と秘めていた思いを初めて口に出す。
それは野村に襟首を捕まれ、再び投げ飛ばされるのと同時だった。
「それが言えれば大丈夫よ」
亜香梨さんが満足そうに微笑む。俺は野村の助けを借り、何とか起き上がる。
「二人とも有難う」
「気にするな」
野村は軽く手を振る。その場を去ろうとする二人を俺は呼び止める。
「それで、ちょっと頼みがあるんだ……」
2 side 出雲響
殴り合いの喧嘩なんて久し振りだから体中が痛い。
頼み事をして二人が去った後、時空移動装置に座っていると時空電話が鳴った。
「はい」
「響! 大変だ!」
「零先輩?」
「p‐typeが西暦二〇一〇年の聖を西暦二五一〇年に連れて来たぞ!」
あれ? 何だろう、このしっくりこない感じ。そう言えば、最初からしっくりこなかった気がする。
西暦二五一〇年の人間は聖の事を『麻生聖』とフルネームで呼ぶ。しかし、零先輩だけは『聖』とファーストネームだけで呼ぶ。そう、まるで知り合いみたいに……。さっきもそうだ。それに、時空電話越しの声だけで聖だと判った。二十六世紀の人間は俺がこの時代に来るまで、聖が女だって事も知らなかった筈なのに……。
「零先輩」
「どうした?」
「聖と知り合いなんですか?」
「!」
図星か。空気で解かる。溜息を一つ吐いてから零先輩が話し始めた。
3 side 出雲響
「オレが今二十一歳だから、あれは今から三年前。オレが十八歳の時だった」
零先輩が煙草に火を点ける音が聞こえる。普段はあまり煙草を吸わない人だ。珍しい。これから話す内容の重さが予想できる。俺も未成年じゃなければ是非とも一服したい気分だ。
「…………」
取り敢えず黙って続きを待つ。
「オレは時空移動者として任務を受けた。西暦二〇一三年に行って麻生聖を手に入れると言う任務だった」
思わず目を見開く。
「それは……一体」
今回俺に与えられた任務は西暦二〇一〇年に行って麻生聖を殺す事だった。そして三年前に零先輩に与えられた任務は麻生聖を手に入れる事。
ある意味全く逆の任務だ。
「時代が再構築されてしまったから、理解するのは少し難しいかもしれないが……」
「とにかく話してください」
唾をごくりと飲む。
「三年前は人間同士で戦争をしていたんだ」
「えっ?」
俺の驚きを無視して零先輩は話を続ける。
「そして三年前はオレもお前もJIPANGと言う地下都市ではなく、JIPANGという国の人間だった。そして、時空移動者候補はやはりお前とオレの二人だった。だが、お前は当時十二歳。あまりにも子供だったから、特にテストも無く俺が選ばれた」
そんな事、知らない……。そんな記憶は無い。
「聖は凄まじい化学兵器H‐ウィルスと言う細菌兵器を発明していた。しかし、その製造法を何処にも残さなかった。H‐ウィルス以上の兵器を五百年経っても人類は作る事は出来なかった。……聖は本当に天才だよ。核なんかと違い、すぐ毒が消えて生物が住む事が可能になるのに、瞬間威力は核以上なんだ。どうしても勝ちたかったJIPANGは、完成したばかりの時空移動装置を使って麻生聖本人に会ってH‐ウィルスの製造法を聞く事にしたんだ。その為にオレは聖に近付いた」
……自分以外の男に聖の名前を呼び捨てで呼ばれるのは面白くない。けれど、そんな事を気にしている場面では無いから口には出さないようにする。
「聖と友達以上になるのは大変だった。最初は任務の為に聖を追いかけて、気に入られようと努力した。冷たくあしらわれる度に、あんな小娘の為に頭下げる自分にいらついたりもした。でも、何時の間にか自分自身が聖に惹かれている事に気付いた。何度目かの告白でオレ達は恋人同士になった」
零先輩が誰かに振られるなんてイメージ出来ない。というか聖と零先輩が恋人同士なんてイメージ出来ない。
「だけど、オレも聞かれたんだ。未来との会話を……」
「…………」
「自分が兵器のために近付かれたと知った後の聖は凄かった。ずっと自室の篭って研究し続けた。オレは何度も聖の家に行ったけど、会ってはもらえなかった」
「研究は自室でしていたんですか? そんな設備の部屋じゃないですよ」
矛盾に気付く。
「だからややこしいのだが、三年前……西暦二五〇七年のオレが西暦二〇一三年の聖に会うまではp‐typeなんて存在しなかったんだ」
「えっ?」
時空電話を落としそうになる。
「まぁ聞けよ」
新しい煙草に火を点ける音がする。
「p‐typeの研究は確かにしていた。研究も成功した。ただしそのp‐typeは本当に光合成が出来るだけで普通の人間とは殆ど変わらないと言う特徴だった。しかし、実用はされなかった。人間の遺伝子改良は、当時の世界では画期的過ぎた。高く評価はされたが、受け入れられる事は無かった。けれど聖はp‐typeの研究が評価され、H‐ウィルスの研究を任された」
確かにp‐typeになると外見も変化するし、受け入れられなかったと言うのも納得できる。
「だけど、オレが聖を裏切ったと知ってから聖は変わってしまった。オレ達は本気で愛し合っていた。聖は完全にオレの事しか見えてなかった。オレも聖の事しか見てなかった」
俺と聖は愛し合えては居なかった。俺が臆病だったから。零先輩なら自信を持って聖を愛せただろう。
でも、お互いしか見えてない事は果たして幸せなのだろうか?
今の聖にはいい友達が沢山居る。きっかけを作ったのは俺かもしれないけど、あの笑顔を保っているのは本人の努力と友情によるものだ。
僕は君だけを見つめてる。私も貴方だけ見つめてる。愛してる。愛しています。世界は二人のモノ。二人さえ幸せなら良い。
怖い。怖すぎる。世界は誰のもんでもないだろう?




