過去の砂彩
「美色。私は竜を見たわよ」
小学校の低学年だった頃、学校の教室で、砂彩は目を輝かせながら美色に言った。
教室の机に手をついて身を乗り出した砂彩は、椅子に座る美空に向けて楽しそうにして言っていたのだ。
その時の美色は、その子供心ながらにも、その話を信用することができなかった。
竜なんているわけがない。そんなものは嘘だ。
心の底ではそう思いつつ、砂彩が言う言葉を聞き続けた。
「顔は怖いんだけど、触ってみると触り心地がいいの。スベスベしていて……あったかくて……」
そう言いながら砂彩は空中で手を動かす。まるで、そこに竜の顔があるかのように、指の一本一本まで、細かくを動かしていた。
竜の顔を触ったときの事を細かく覚えている手が、狂いなく動かされるのを見て、美色も、もしかしたら、本当なんじゃないか? と思えてくる。
それからも、砂彩はクラスメイトに誰彼構わず声をかけていった。
『えー? そんなもん絶対いるワケないって』『バカな事言っているんじゃない』『そんなもの存在しない』
何人にも声をかけ、それらの言葉を次々にかけられた砂彩だが、『竜を見た』という主張を、絶対に曲げようとはしなかった。
その様子を遠目に見ていた美色は、不思議と砂彩を応援したくなってきた。
自分が見た竜を追い続ける砂彩の姿は、美色には羨ましいものに見えた。
彼女は竜の顔をさわった感触を、砂彩は今でもはっきりと覚えている。
「がんばれ……」
砂彩の気持ちが美色の胸にも痛いほど伝わり口からその言葉がポツリと出た。
それから美空は、放課後になると、砂彩は一人で自宅とは別の方向に向かって行った。美色は、砂彩の事を追っていく。
砂彩はある池の方に向かっていく。
『ここなんだ……』
木の影に隠れた美空は、今にも崩れそうな、黒ずんだ祠に向けて手を合わせる砂彩の姿を見る。
ポケットから飴を取り出して、祠の前に置いた砂彩。
「あっ! こら!」
砂彩がそう言うのが美空の耳に届く。
見ると、カラスがその飴玉をくわえて飛び去ってしまうところだった。
カラスは羽ばたいて飛んでいき、すぐに砂彩の手が届かない場所にまで行ってしまう。
「一緒にたべようと思ってたんだけど、これをあなたにあげるね」
ポケットからもう一つの飴玉を出し、祠の前に置く砂彩。
祠に向けて手を合わせる。一途な想いを向ける砂彩を見て、まだ小学生であった美色は、幼いながらも胸が熱くなるのを感じたのだ。
「あの姿を見ているから、砂彩は竜に会って欲しいと思います」
美色ちゃんは、砂彩の、竜に対する一途な想いを知っている。
だからこそ、砂彩の想いが伝わって欲しいと思っているのだ。




