第65話:戦場のクリーンアップ
大戦の爪痕は、常であれば何ヶ月も放置され、腐敗と荒廃の温床となるのがこの世界の常識であった。
十万の軍勢が展開し、古代超兵器の熱線が炸裂したアルカディア大平原には、無数の空薬莢、破損した魔導戦車の装甲板、折れた槍や盾、そして吹き飛ばされた土砂が散乱していた。
だが、戦闘終了の宣言からわずか三十分後――大平原に鳴り響いたのは、戦勝の鬨の声ではなく、軽快な作業用ホイッスルの音であった。
ピピピッ! ピピーッ!
「全員、持ち場につけ! これよりアルカディア大幹線・戦場復旧クリーンアップ作戦を開始する!」
ヘルメットを被り、黄色い反射ベストを羽織ったアーノルド・フォン・レオンハルトが、拡声器を片手に平原を駆け回っていた。
「軌道敷内から半径五十メートル以内の障害物を最優先で排除! 鉄くずと魔導金属は分別して貨車へ積み込め! 午後三時の定期貨物列車を通すぞ、遅れは一分たりとも許されん!」
「「「オォォォッ!!」」」
野太い返声を上げたのは、数百人におよぶ作業員たち――その半数以上は、先ほどまで帝国軍の兵士として銃を握っていた者たちであった。
彼らは捕虜として虐待されるどころか、温かいスープとパンを支給され、正当な日当が支払われる保線作業の臨時雇用契約を結ばされていたのである。
「すげえ……本当に金貨がもらえるのかよ……」
「帝国の前線にいた頃より飯がうまいぞ!」
「おい、サボるな! そっちの装甲板はドワーフの回収車に載せるんだ!」
かつての兵士たちは、自らの手で戦場を片付ける快感に目覚めたかのように、生き生きとした表情で瓦礫を運び出していく。
ガガガガガッ!
平原を疾走してきたのは、バラン率いるドワーフ工兵隊が駆る『保線用重軌条クレーン車』であった。
巨大な電磁石のアームが唸りを上げ、転がっていた帝国軍の重戦車の残骸を軽々と持ち上げる。
「おいおい、こんな上等な魔導鋼をばら撒いていきやがって! 溶鉱炉に入れりゃ、新しいレールが百メートル分は作れるぜ! ハルトの旦那、リサイクル効率最高だな!」
バランが豪快に笑いながら、クレーンのレバーを器用に操る。
集められた金属片は、次々と貨物列車の無蓋車へと積み込まれ、瞬く間にアルカディア中央工廠行きのスクラップ資源へと姿を変えていった。
一方、熱線によってガラス化し、植物が死に絶えた軌道脇の土壌には、エルフの賢者セレスティア率いる環境再生班が駆けつけていた。
「精霊たちよ、大地に巡る命の芽吹きを呼び戻しなさい――『豊穣の福音』」
セレスティアが魔導杖を掲げると、淡い緑色の光の粉が平原へと降り注いだ。
熱線で焦げ付いていた土壌が瞬時に中和され、瑞々しい若草と野花がみるみるうちに絨毯のように広がっていく。
「鉄道とは、大自然と調和してこそ真の美しさを発揮するもの。このような無粋な焦土を放置するなど、アルカディア鉄道の美学に反しますわ」
セレスティアは額の汗を絹のハンカチで拭い、満足げに微笑んだ。
「怪我人はいませんかー! 擦り傷や打撲のある方は、こちらで消毒を受けてくださーい!」
線路脇に設営された白い天幕の前では、聖女エレナがエプロン姿で救護活動に奔走していた。
かつて王都の路地裏で物乞いをしていた彼女は、今や鉄道救護隊のチーフナースとして、敵味方の区別なく献身的に治療を行っていた。
「痛いの痛いの、飛んでいけー……よし、もう大丈夫ですよ! 無理をせず、水分をしっかり補給してくださいね!」
「あ、ありがとうございます、聖女様……!」
手当てを受けた元帝国兵が、涙を流して頭を下げていた。
そして、線路の中央では。
アーノルドが自ら魔導レンチを握り、巨神の衝撃波で僅かに狂ったレールの狂いをミリ単位で検測していた。
「軌間千四百三十五ミリ……よし。水平レベル、誤差〇・五ミリ以内。継目板のボルト、トルク確認――良し!」
かつて聖剣を振るっていた腕は、今やレールと枕木の声を聞き分ける熟練の保線マンのそれであった。
そこへ、純白の制服を着たハルトが、歩み寄ってきた。
「アーノルド主任」
「お、ハルト総裁……!」
アーノルドは背筋をピンと伸ばし、胸に手を当てて見事な鉄道敬礼を返した。
「復旧作業、間もなく完了します! 第一幹線の障害物撤去率、九十八パーセント。軌道の健全性、完全に保証できます!」
「ご苦労だった。見事な手際の良さだ」
ハルトは懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「十四時五十分。戦闘終結からわずか一時間五分で、これほどの広大な戦場を完全にクリーンアップし、営業運転可能な状態まで復旧させるとは。君たちの保線能力は、帝国のどの近衛師団よりも誇らしい」
「へへっ……総裁にそう言ってもらえると、泥にまみれた甲斐があるってもんです」
アーノルドは照れくさそうに頭を掻いた。
その顔には、かつて王都で抱えていた歪んだ自尊心や焦燥感は影も形もなかった。
自分の手で線路を守り、大動脈を支えているという確固たる誇りが、彼の全身に満ち溢れていた。
「――全線、復旧完了です!」
無線機から、ミュウの弾んだ声が届いた。
「アルカディア中央駅、信号オールグリーン! 安全確認、完了しましたにゃ!」
ハルトは満足げに頷き、大平原に向かって右手を高く掲げた。
「運行安全、異常なし! ――全線、通常ダイヤへ復帰!」
ポォォォォォォォォッ!!
平原の彼方から、澄み渡る汽笛の音が響いてきた。
十四時五十五分。
定刻通りに運行を再開した旅客特急列車が、白銀のレールの上を滑るように走り去っていく。
車窓からは、乗客たちが手を振り、平原で作業を終えた保線員たちもまた、笑顔で手を振り返していた。
破壊の戦場は、わずか一時間で、人々の日常と未来を運ぶ希望の鉄路へと完全に蘇ったのであった。




