第63話:十三時四十五分零秒の閃光
刻限が迫っていた。
アルカディア大平原の空は、昼間であるにもかかわらず、巨神の放つ赤黒い瘴気と三編成の列車から立ち上る青白いプラズマ光によって、不気味な黄昏色に染め上げられていた。
大気が激しく震動し、地響きが靴底を通じて身体の芯まで伝わってくる。
「カウントダウン、開始します!」
アステリアが透き通った声で宣告した。
「十三時四十四分五十秒……五十一、五十二……!」
パノラマコックピットの全モニターに、赤く点滅する『発射準備完了(ALL GREEN)』のルーン文字が浮かび上がっていた。
三編成の直列同期回路は、かつてない完璧な調和を示している。
創世号の古代炉から迸る純白の超高圧魔力。
鉄槌号のドワーフ製重力炉が絞り出す重厚なトルク。
迎撃号のエルフ製増幅炉が紡ぎ出す超高密度の収束結界。
その三条の奔流が、鉄槌号の中央に鎮座する超弩級メガ・レールガンの加速軌道内で、渦を巻いて超臨界状態へと達していた。
「発射シークエンス、最終承認」
ハルト・クゼは懐中時計の秒針を静かに見つめていた。
秒針が、十二の目盛りへと吸い込まれていく。
五十七、五十八、五十九――。
「十三時四十五分零秒。――撃て」
ハルトの指先が、白銀の発射トリガーを滑らかに引き絞った。
その瞬間、巨神の単眼からも、惑星を貫かんとする暗黒熱線が撃ち放たれていた。
「死ねぇぇぇっ! 平伏せよ下民どもがァァッ!!」
ヴァルハイトの狂乱の絶叫とともに、直径二十メートルを超える虚無の奔流が、平原の大地をドロドロに溶かしながら一直線に列車へと殺到する。
だが、それを迎え撃ったのは、世界を白銀の静寂で満たす圧倒的な『光』であった。
ズッッッッパァァァァァァァンッッッ!!!!
轟音ではなかった。
大気中のすべての分子が電離し、音波の概念すら置き去りにする超神速の衝撃。
メガ・レールガンから放たれたのは、特殊な古代白銀合金で鋳造された、全長五メートルの徹甲弾頭であった。
だが、それはもはや物理的な砲弾の領域を遥かに超越していた。
三つの魔導炉の出力を限界まで圧縮した神聖プラズマの衣を纏い、時速数万キロ――音速の数十倍に達する光の槍と化していたのである。
空中で、二つの超エネルギーが正面衝突した。
キィィィィィィィィィィィン――!!
耳朶を劈く金属的な干渉音が鳴り響き、大平原の中央に、太陽のような超高熱の光球が出現した。
暗黒熱線と白銀の光弾。
押し合いが生じたのは、ほんの刹那――コンマ一秒にも満たない時間であった。
「な、なんだと……!? 巨神の熱線が……押し戻されている……!?」
指揮戦車の上で、ヴァルハイトの双眸が見開かれ、顎が外れんばかりに戦慄した。
メガ・レールガンの放った光弾は、虚無の熱線を真っ向から引き裂いていた。
まるで、激流を切り裂いて遡上する神の刃のように。
暗黒のエネルギーを左右へと弾き飛ばしながら、白銀の閃光は寸分のブレもなく一直線に突き進んでいく。
不完全な生贄と狂気によって駆動する古代兵器の魔力など、ハルト・クゼがミリ単位で規格化し、完全に同期させた三位一体のエネルギー集約の前には、児戯に等しかった。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオッッ……!!」
虚無の巨神が、この世のものとは思えない苦悶の絶叫を上げた。
神速の光弾は、巨神の胸部――赤黒く脈打っていたメインコアへと正確無比に突き刺さっていた。
カッ……と、視界のすべてが純白に染まった。
核に蓄えられていた星の龍脈の腐食エネルギーが、ハルトの撃ち込んだ高純度の神聖プラズマによって、瞬時に中和・分解されていく。
巨神の黒曜石の巨躯が、内側から発光を始めた。
一本、また一本と、四本の巨大な腕が光の塵となって霧散していく。
怨嗟に塗れた単眼のレンズが、パリパリと音を立てて粉砕され、天を仰ぐ巨頭が蒸発していった。
「馬鹿な……馬鹿なァァァッ! 我が巨神が……帝国の最高戦力が、たかが線路の上を走る車輪風情にィィッ!!」
爆風に吹き飛ばされそうになりながら、ヴァルハイトが血の涙を流して喚き散らす。
ドッッッッカァァァァァァァァンッ!!
平原を覆い尽くすほどの閃光とともに、虚無の巨神は、その核ごと完全に消滅した。
あとに残されたのは、天へと昇る清らかな光の柱と、澱んでいた瘴気が急速に吹き払われていく大気だけであった。
平原の大地に走っていた亀裂が、まるで安堵のため息を漏らすように穏やかな緑を取り戻していく。
龍脈の淀みが一掃され、清冽な大地の息吹が蘇ったのだ。
「……目標の完全消滅を確認」
コックピットで、ハルトは白手袋の指先を静かに下ろした。
メガ・レールガンの砲身から、プシューッと冷却用の青白い蒸気が立ち上る。
アステリアが、胸の前で両手を組み、溢れそうになる涙を堪えながらハルトを見つめた。
「勝ちました……! ハルト様、私たち、勝ったのですね……!」
「ああ。だが、鉄道の業務はまだ終わっていない」
ハルトは懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。
「現在時刻、十三時四十六分。敵本陣の巨神は排除した。次は、残された敵部隊の後始末と、散らばった資材の回収だ。遅延を取り戻すぞ」
その言葉は、勝利の余韻に浸る間もなく、次の仕事へと向かう鉄道総裁としての揺るぎない覚悟そのものであった。
平原を吹き抜ける風が、白銀の車体を優しく撫でていた。




