第60話:時速三百キロの神速突撃
空が紫色に濁り、大気が激しい静電気によってパチパチと火花を散らしていた。
虚無の巨神の胸元に集束された、超高密度の古代重力エネルギー。
巨大な球体となって膨れ上がったその暗黒の光輪は、平原の土を瞬時に蒸発させ、半径数キロメートルに及ぶ空間を歪ませていた。
砲口の切っ先が向いているのは、アルカディア中央駅、そして十万の市民が暮らす街の心臓部であった。
「死ねぇぇぇぇっ! 泥棒平民ども! 我が帝国の前途を阻む虫けらどもめ、一瞬で灰燼となれぇぇぇっ!!」
ヴァルハイトの狂気じみた絶叫とともに、巨神の胸元から、太さ数十メートルにおよぶ暗黒の熱線レーザーが一気に解き放たれた。
ズドドドドドドドオオオオオオオンッ!!
空間を抉り抜くような重低音。
地表の草も土も岩も、触れたものすべてが分子レベルで消滅し、平原に巨大な火口のような亀裂が一直線に刻み込まれていく。
直撃すれば、アルカディアの街など一秒と持たずに地表から蒸発してしまう。
帝国軍の将兵たちすら、己の放った終末の力に青ざめ、息を止めた。
だが――。
作戦開始からちょうど三十分、十三時三十分零秒。
運命の秒針が重なったその刹那、アルカディア中央駅の方角から、空を引き裂いて飛来したのは、一筋の純白の流星であった。
――フォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
それは、神話の天空を駆ける天馬のいななき。
地上五十センチを浮遊し、車輪の摩擦音すら置き去りにして、音速に迫る神速で平原を滑るように疾走してきたのは――『超次元軌道超特急:創世号』であった!
「ハルト様……っ!!」
「アステリア様、超次元偏向結界、フルドライブ展開!」
運転指令室で、ハルトとアステリアの手が、中央の魔導コンソールへと同時に重ねられた。
キィィィィィィィィン……ッッッ!!
創世号の先頭ノーズから、七色のオーロラを纏った超次元バリアが展開され、直撃コースにあった暗黒の重力熱線の真正面へと、真っ向から割って入ったのだ。
ドゴォォォォォォォォォォォンッッッ!!
平原全体が真っ白な光に呑み込まれた。
巨神の放った終末の熱線と、創世号の生体装甲が激突した瞬間――信じがたい物理現象が起きた。
熱線は爆発することなく、まるで激流が巨大な岩を避けて流れるように、純白の車体の傾斜装甲に沿ってツルツルと後方へと受け流されたのだ。
それだけではない。
車体の古代回路がコバルトブルーに激しく明滅し、巨神の放った膨大な熱線エネルギーを、そのまま車輪のない浮遊推進炉心へとダイレクトに吸収・回生させていた!
『――エネルギー変換効率、百二十パーセント。
敵熱線吸収完了。全魔力炉心、余剰出力へ移行』
ナビゲーターの涼やかなアナウンス。
山をも蒸発させるはずだった古代禁呪兵器の攻撃が、創世号にとっては、ただの「燃料補給」に過ぎなかったのだ。
「な……な、何だとぉぉぉぉぉぉっ!?」
ヴァルハイトの軍刀が手から滑り落ち、大理石の指揮台にカランと音を立てた。
帝国最強の神殺し兵器の一撃を、真正面から無傷で受け止め、あまつさえ己の推進力へと変換した怪物。
男の脳裏に、かつて味わったことのない根源的な恐怖が突き刺さった。
「……速度計測、時速三百キロメートル」
パノラマコックピットで、ハルトは光のスロットルレバーを一番奥へと押し込んだ。
「創世号、敵前衛突破シークエンスへ移行。――ダイヤグラムに遅延なし」
ドッッッパァァァァァンッ!!
音の壁を突き破る衝撃波が平原に炸裂した。
時速三百キロメートル。
もはや人間の動体視力では捉えられない神速の白龍となって、創世号は帝国軍十万の本陣へと真正面から突入した。
ガガガガガガッ!!
突入した瞬間に巻き起こった猛烈な暴風圧の壁。
体当たりすらしていない。
ただ横を通り過ぎただけの風圧によって、帝国軍の重魔導戦車隊が紙風船のように空へと吹き飛ばされ、重装甲騎兵隊が馬ごと数十メートル後方へと薙ぎ倒されていく。
「ぎゃあああああっ!?」「風が……鉄の風が吹いてくるぅぅっ!」
十万の隊列が、創世号の一閃によって、まるでモーゼの海割りのように左右へと真っ二つに引き裂かれた。
敵の包囲網を完全に蹂躙し、創世号はアルカディア平原の中央ジャンクション――あらかじめ敷設されていた複線待避線へと、滑るようにブレーキをかけて滑り込んだ。
キィィィィィィン……。
停止した創世号の後方には、すでに待機していた『鉄槌号』と『迎撃号』が、ピタリと車間距離十メートルで背後を固めていた。
十三時三十五分。
ハルトの描いた防衛ダイヤグラムは、一秒の狂いもなく、最終段階――『全車直列同期連結』の刻限を迎えようとしていた。




