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第58話:総力結集のダイヤグラム

アルカディア中央駅の地下、中央総合運行司令室。

 壁一面を覆う巨大な魔導発光パネル式路線図――集中列車運行管理(CTC)盤が、青白いグリッドとなって部屋全体を照らし出していた。

 オラクルからアルカディア、黒鉄山脈、翡翠の樹海、そして暗黒海峡に至る千二百キロメートルの全路線。

 そのすべての線路情報と列車位置が、点滅する光の粒子となってリアルタイムで表示されている。

 その巨大盤の前に、アルカディア鉄道特別自治区の全幹部が集結していた。


 総裁ハルト・クゼ。

 副総裁アステリア。

 ドワーフ鍛冶棟梁バロック。

 チーフ車掌ミュウ。

 オラクル商業ギルド長ゴルドン。

 エルフ樹海警備隊長イリアス。

 そして――。


「総裁! 俺たちにも、何か手伝わせてくださいッ!」


 司令室の扉を開けて駆け込んできたのは、煤まみれの作業着を着たアーノルド、ガイル、エレナの三人であった。

 手には、使い古されたツルハシとスパナ、そして救護鞄が握りしめられている。

 かつてハルトを追放し、王都で栄華を誇っていた男たちが、いま、自らの意思で、この街と線路を守るために最前線へ志願してきたのだ。


「アーノルド……貴方たち、逃げなくてもよいのですか?」

 アステリアが優しく問いかける。アーノルドは首を激しく横に振った。


「逃げる場所なんて、もうどこにもねえ! 俺たちに生きる場所をくれて、働く誇りを教えてくれたのは、このアルカディア鉄道だ! 敵の軍靴に、俺たちの敷いた線路を一歩たりとも踏み躙らせてたまるか! 補給でも弾薬運びでも、線路の応急修理でも何でもやります! 使ってください!」


 アーノルドの言葉に、ガイルもエレナも力強く頷いた。

 首の魔導首輪に頼らずとも、彼らの魂はすでに、この鉄道と完全に一体となっていた。

 さらに、司令室の外――アルカディア駅前広場からは、地鳴りのような群衆の声が届いていた。

 十万の軍勢が迫っているという凶報を受けながらも、市民たちは一人として逃げ出していなかった。

 広場には数万人の市民、職人、商人が集まり、炊き出し用の食糧や予備の燃料、医療品を自発的に貨車へと積み込んでいたのだ。


『ハルト総裁! アステリア様! 俺たちの街を絶対に守り抜いてくれ!』

『武器ならドワーフの工房が徹夜で作った! 飯ならオラクルの新米を山ほど炊いてある! 負けるなアルカディア鉄道!』


 種族や身分を越えた、十万人におよぶ市民たちの圧倒的な団結。

 それこそが、ハルトとアステリアが数ヶ月かけて築き上げた、何者にも屈しない「真の豊かさ」の証明であった。


「……皆さん、感謝します」


 ハルトは静かに一礼し、全員を見据えた。

 その瞳の奥には、前世の幾多の過密輸送と災害復旧を統率してきた、最高司令官としての冷徹な覇気が宿っていた。


「これより、対帝国中央総軍『最終防衛ダイヤグラム』を発動します」


 ハルトが黒板に巨大な作戦図を展開した。

 そこには、アルカディア大平原に張り巡らされた何重もの複線レールと、敵軍の進軍予想ルートが、秒単位のスケジュール表となって描かれていた。


「敵の総兵力は十万、魔導戦車五百台、そして古代兵器『虚無の巨神』。一見すれば圧倒的な戦力差です。……ですが、十万という大軍は、前衛から後衛まで数十キロメートルにおよぶ長大な隊列を作らざるを得ない。彼らがアルカディア大平原へ足を踏み入れた瞬間、そこは我が鉄道の『立体複線迎撃ゾーン』となります」


 ハルトは三つの列車模型をレールの上に置いた。


「第一段階――十三時零分。

 バロック親方の率いる『鉄槌号』が、時速百二十キロで敵の左翼・魔導戦車部隊の側面に急襲をかけ、レールガンで敵の補給段列を粉砕。敵の進軍速度を完全にゼロに落とします」

「おうよ! 任せときな、敵の戦車どもをペシャンコに叩き潰してやるぜ!」


「第二段階――十三時十五分。

 ミュウ車掌の率いる『迎撃号』が、外郭高架線を走行しながら対空機関砲の弾幕を展開。敵の残存航空戦力と魔導砲兵陣地を完全に沈黙させます」

「了解ニャ! 空も陸も、一発残らず迎撃してみせるニャ!」


「そして、第三段階――十三時三十分。

 私とアステリア副総裁が乗る『創世号』が、時速三百キロの神速で敵本陣を正面から両断。ヴァルハイトの指揮系統を完全に麻痺させます」


「しかしハルト総裁、敵の『虚無の巨神』はどうするのだ?」

 ゴルドンが青ざめた顔で尋ねた。

「あの化け物の重力熱線砲は、山一つを蒸発させる威力だと聞いている。装甲列車とて、直撃を受ければただでは済まないぞ……!」


 ハルトは静かに微笑み、三つの列車模型をカチリと一つに連結させた。


「敵の巨神に対しては――『全車直列同期連結』を行います」

「ぜ、全車連結……!?」


「創世号、鉄槌号、迎撃号の三編成を、走行中に電磁連結器で一本の列車へと合体させます。創世号の恒久魔導炉コスモ・ドライブを核とし、三両の全魔導ジェネレーターを直列同期。その天文学的なエネルギーを、鉄槌号のレールガンへとバイパス供給する。――形式名【超弩級メガ・レールガン】。その威力は、巨神の防御結界ごと、本体の核を一撃で完全蒸発させます」


 息を呑む司令室の全員。

 三両の列車が合体し、星のエネルギーを撃ち出す最終列車砲。

 それは、ハルトの計算し尽くされたダイヤグラムと、全種族の技術が融合した究極の奇跡であった。


「アーノルド、ガイル、エレナ。貴方たち三人には、現場のレール転轍機(ポイント)の手動切り替えと、弾薬補給列車の運行管理を任せます。一秒の遅れも許されません。できますね?」

「「「はいッ!! 死んでも定刻通りに切り替えてみせます!!」」」


 三人は直立不動で胸に手を当て、力強く叫んだ。


「作戦開始時刻は、十三時零分。……迎撃所要時間は、四十五分です。十三時四十五分には戦闘を完全に終了し、十四時零分発の全線定期旅客便を通常通り運行します。――定時運行の誇りに懸けて、遅延は絶対に許さない」


 ハルトの静かな宣戦布告とともに、中央指令室の全シグナルが一斉に青へと切り替わった。

 十万の暴力に対し、知性と規律、そして民衆の絆を束ねた一本の鉄路が、いま運命の戦場へと走り出したのである。

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