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第56話:古代超特急『創世号(ジェネシス)』の覚醒

ドズウウウウウウウン……!!

 海底下五百メートル、中央第零軌道工廠のドーム全体を揺るがす、重低音の魔力脈動。

 純白の巨躯――『超次元軌道超特急:創世(ジェネシス)号』の船腹に刻まれた古代魔導回路が、琥珀色から鮮烈なコバルトブルーへと発色を切り替えた。

 シュゴオオオオオオ……ッ!

 排気弁から放出されたのは、煤煙や蒸気などではなく、極限まで精製された清澄なオゾンと、光り輝く純粋マナの微粒子であった。

 そして――。


 フワリ……。


 全長百二十メートル、総重量六百トンを超える鋼鉄の怪物が、レールの上から静かに五十センチメートル、完全に宙へと浮上した。

 摩擦ゼロ。車輪の回転音すら存在しない、完全な超電導磁気浮上推進システム。

 神話の時代に人類が到達した、地上の物理法則をあざ笑うかのような究極の工学技術であった。


「う、浮いてる……!? 車輪がレールに触れてねえのに、宙に浮いてやがるぞ!」


 バロック棟梁が、顎が外れんばかりに口を開けて叫んだ。

 頑固一徹に鉄とハンマーを信じてきたドワーフの巨漢にとって、それは魔法の奇跡すら超えた、理解不能の異次元の光景であった。

 だが、ハルトの青い瞳は、浮上した巨躯の細部を正確にスキャンしていた。


「車輪による摩擦抵抗がない以上、理論上の最高速度は時速五百キロメートルを超えます。……さらに、車体を覆っているのは、外敵の魔法攻撃を屈折・吸収して己の走行エネルギーに変換する『超次元偏向生体装甲』。これ一両で、小国の軍勢を丸ごと無力化できるだけの出力を秘めています」


 ハルトは作業用手袋を外し、創世号の先頭車両へと歩み寄った。

 プシューッ、と気密音を立てて、流線型の先頭ノーズの横にある乗降ハッチが滑らかにスライドして開いた。

 階段を上り、四人が足を踏み入れた車内は、現代のどの豪華客車とも異なる、息を呑むような静謐と機能美に満ちていた。


 高いアーチ天井には、地上の空模様をリアルタイムで再現する天空スクリーンが広がり、座席には乗客の体型や体温に合わせて自動的に形状を最適化する生体繊維のシートが配置されている。

 そして最前列、全面ガラス張りのパノラマコックピット――運転指令室。

 そこには、真鍮のレバーや無骨な圧力計の代わりに、空中に浮かび上がる無数の青白い立体魔導コンソールが展開されていた。


『マスター・ハルト、ならびにマスター・アステリア。搭乗を確認』


 コックピットに響いた、澄んだ人工知能ナビゲーターの声。


『全システム、オールグリーン。恒久魔導炉コスモ・ドライブ出力、定格の百パーセントを維持。

 軌道上の残存障害物、ゼロ。いつでも発進可能です』


「ハルト様……」

 アステリアが、胸の前で両手を組み、ハルトを見上げた。

 その緋色の瞳には、恐怖ではなく、世界の運命を背負う者としての凛とした覚悟が宿っていた。


「この子は、世界を救うために待っていたのですね。……あなたの手で、走らせてください」

「はい、アステリア様」


 ハルトは頷き、運転席のセンターシートへと腰を下ろした。

 その瞬間、シートの背もたれから柔らかな光の帯が伸び、ハルトの身体を優しくホールドした。

 と同時に、ハルトの脳内の運行管理スキル【絶対遵守の運行計画(クロノス・ダイヤグラム)】が、創世号のメインコンピュータとダイレクトに直結した。


 ピピピピピピピピッ!


 ハルトの視界に、暗黒海峡の全域、さらには西方大陸全土の鉄道路線図が、超高解像度の三次元ホログラムとなって一瞬で展開された。

 レールの歪み、大気中のマナ濃度、風向、気温、そして数百キロ先を走る列車の位置までが、一ミリの狂いもなく脳内にプロットされていく。


「信じられない情報処理能力だ……。これなら、大陸全土の全列車を、この運転席から一括で遠隔制御できる」


 ハルトは息を呑み、右手を空中の操作インターフェースへと伸ばした。

 指先が光のコンソールに触れた瞬間、創世号の心臓部から、神々しい汽笛が海底ドック全体へと響き渡った。


 ――フォォォォォォォォォォォォンッ!!!!


 それは、金属の笛の音などではなかった。

 大地の龍脈そのものが歓喜に打ち震え、大気を震わせる、天上の神楽のような澄み切った調べ。

 ドックの正面にそびえ立つ、海峡へと続く巨大な水門ゲートが、重厚な音を立ててゆっくりと開かれていく。

 ゲートの向こうには、海中に敷かれた耐圧ガラスの海底トンネル軌道が、どこまでも真っ直ぐに海面へと向かって伸びていた。


「出航準備、完了。――創世号、発進シークエンスへ移行」


 ハルトが光のスロットルレバーを前へと倒した。

 音もなく、振動もなく、純白の巨龍が滑らかに加速を開始した。

 時速五十キロ、百キロ、二百キロ――!

 海底トンネルの暗闇を、一筋の流星となって駆け抜けていく。

 窓の外では、深海の巨大魚や海竜たちが、眩い光の疾走に驚いて道を譲るように左右へ分かれていく。


 そして――列車は海底トンネルの上昇スロープを一気に駆け上がり、暗黒海峡の海面へと飛び出した。


 ザッパァァァァァァァンッ!!


 海水を切り裂き、完成したばかりの海上高架橋梁の上へと躍り出る創世号。

 その瞬間、海上の足場で復旧作業をしていたアーノルドやドワーフの工夫たちが、一斉に作業の手を止めて目を見張った。


「な……何だ、あれは……!?」

「白い……白い龍のような列車が、海から飛び出してきたぞぉぉっ!」


 キィィィィィィィン……ッ!

 車輪の摩擦音すらなく、海風を切り裂いて時速三百キロで海上のトラス橋を駆け抜けていく純白の巨躯。

 風圧でアーノルドの作業着の裾が激しく翻り、海峡の水面には二筋の白い航跡が矢のように伸びていく。

 運転席のガラス越しに、ハルトとアステリアが力強く頷き合う姿が見えた。


「ハルト……! アステリア様……!」

 アーノルドが呆然と呟き、やがてその顔に、鳥肌が立つほどの感動の笑みが広がった。

「すげえ……! 俺たちの敷いた線路の上を、神話の列車が走っていきやがった……!」


 数万年の眠りを破り、奇跡の超特急が、いま世界の表舞台へと完全に解き放たれた。

 だが、その歓喜を切り裂くように、運転台の緊急通信モニターがけたたましい警報音を鳴り響かせ始めた。

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