第54話:海底古代ドックへの突入
暗黒海峡の海上高架橋梁の先端が、濃霧を突き破り、ついにその目的地へと到達した。
海峡の中央、太古より地図に「神棄島」とだけ記され、いかなる航海者も近づくことを許されなかった絶海の孤島。
だが、近づくにつれて明らかになったその島の全貌は、自然の岩山などでは断じてなかった。
海面から数十メートルの高さまでそびえ立つ、継ぎ目のない白亜の特殊金属ブロックで組まれた、完全な幾何学模様の人工要塞島であった。
「……信じられないニャ。これ、島全体がひとつの巨大な人工建築物ニャ!」
先頭の作業台車の上で、ミュウが目を丸くして叫んだ。
白亜の壁面には、潮風や波浪による浸食の跡など微塵もなく、数万年の歳月を経てもなお、出来立ての鏡のように白く輝いていた。
そして何よりハルトたちの目を釘付けにしたのは、島の切り立った中央部に口を開けていた、幅五十メートル、高さ三十メートルにおよぶ巨大な長方形のゲートであった。
そのゲートの奥からは、二条の超重量級レールが、暗黒の地中深くへと吸い込まれるように伸びていたのだ。
「レールだ……! 太古の昔から、ここに線路が敷かれていたのか……!」
バロック棟梁が息を呑み、頑丈な金属壁に手を触れた。
その表面に彫り込まれていたのは、ドワーフの伝統紋様よりも遥かに洗練された、古代超文明の魔導配線パターンであった。
「ハルト様、見てください……!」
アステリアが胸元を押さえた。
彼女の首にかかる真鍮の鍵ペンダントが、かつてないほど強烈な青紫色の光を放ち、キィィィィンと高らかな共鳴音を島全体へと響き渡らせていた。
それに呼応するかのように、ゲートの天井に埋め込まれていた無数の古代魔力灯が、奥へ、奥へと連鎖的に点灯していった。
暗闇を切り裂いて現れたのは、地下深くへと続く緩やかな螺旋スロープ軌道。
「調査に入ります。アステリア副総裁、ミュウ車掌、バロック親方、探査車両に乗車してください」
ハルトの指示のもと、四人は最新鋭の魔導軌道探査車『アルファ一号』へと乗り込んだ。
プシューッ、と密閉扉が閉まり、ハルトがスロットルレバーを前へと倒した。
カチ、カチ、カチ……。
車輪が太古のレールを噛み、探査車は滑るように島の地下深くへと滑り降りていった。
時速四十キロ。
下降するにつれて、気圧が徐々に高まり、窓の外の景色が驚異的な変貌を遂げていく。
トンネルの側壁が、いつしか分厚い耐圧透明クリスタルガラスへと切り替わったのだ。
窓の外に広がっていたのは――深海数百メートルの暗黒世界であった。
漆黒の海水の中を、巨大な発光クラゲや深海魚の群れが幻想的に泳ぎ去っていく。
頭上には何万トンもの水圧がかかっているはずであったが、古代の特殊力場が海水を完全に遮断し、トンネル内には塵一つない爽やかな空気が満ちていた。
「海底トンネル……数万年前に、海の下を走る地下鉄が存在していたというのですか……?」
アステリアが息を詰まらせてガラスに触れた。
「ええ。古代超文明は、魔導と物理学を高度に融合させ、大陸の地下と海底を網の目のように結んでいたのです。魔王に滅ぼされたのではありません。インフラの循環が途絶え、自ら眠りについたのです」
ハルトの言葉とともに、探査車はスロープを抜け、最深部の巨大空間へと滑り込んだ。
その瞬間、四人の視界が一気に開けた。
「な……な、んだ……ここはぁぁぁぁっ!?」
バロックの絶叫が車内に反響した。
そこは、海底下五百メートルに建造された、直径一キロメートル、天井高百メートルを超える、前代未聞の超巨大海底地下ドック――『中央第零軌道工廠』であった。
純白の大理石とミスリル鋼で舗装された広大なプラットホームが十数面も並び、天井からは淡い青色の人工太陽光が降り注いでいる。
そして、その中央――一番メインとなる巨大な発着ドックに、横たわっていたのは。
全長、百二十メートル。
神話の時代に鍛え上げられたとされる、純白の特殊生体装甲に包まれた、流線型の超巨大列車。
車輪すら持たず、軌道から数十センチ浮遊した状態で固定されたその巨躯は、まるで天を駆ける白龍がそのまま鉄の巨神となって眠りについたかのようであった。
車体の側面には、黄金の古代文字でその名が刻まれていた。
『――超次元軌道超特急:創世号』
「そ、創世号……! これが、神話の古代超特急……!」
ミュウが言葉を失い、アステリアはその神聖な姿に胸を打たれて立ち尽くした。
現代のいかなる技術をも遥かに超越した、究極の軌道兵器にして、究極の平和の使者。
だが、その巨躯は完全に活動を停止しており、車体の周囲には七重の強固な封印結界が張り巡らされていた。
その結界の中心、プラットホームの中央に置かれていたのは、黒檀の台座。
台座の天面には、アステリアの胸にある鍵ペンダントと、寸分の狂いもなく完全に一致する、十字型の真鍮の鍵穴が口を開けていた。
「アステリア様」
ハルトが静かにアステリアを振り返った。
「はい、ハルト様」
「貴女の亡きお母様が託された約束の時が、いま訪れました。――扉を開けてください」
アステリアは深く頷き、震える指先で胸元のペンダントを外した。
数万年の眠りを破り、世界の運命を塗り替える真の覚醒の時が、いま目前に迫っていた。




