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第53話:線路を守る者たち

空挺艦隊の撃退に沸き立つ歓声の直後、海上のトラス橋梁の中央区間に、凄まじい悲鳴が響き渡った。

 迎撃号のレールガンによって撃墜された敵戦艦の一隻――その巨大な残骸の艦首部分が、海面へ墜落する寸前に橋桁の路盤の端へと激突したのだ。


 ズガガガガガガアンッ!!


 吹き上がる真っ赤な炎と、激しい黒煙。

 墜落した残骸の魔導燃料が引火し、敷設されたばかりの銀のレールが数十メートルにわたって熱でグニャリと飴細工のように歪み、枕木が激しく燃え盛っていた。

 さらに、激突の衝撃でトラス橋の支持ボルトが数十本弾け飛び、路盤がギシギシと不吉な軋み音を立てている。


「な……何てこった! 線路が……俺たちの線路が燃えちまってるぞ!」

「レールが歪んでる! このままじゃ、迎撃号が陸へ戻れない! 神棄島への延伸工事も全部ストップだ!」


 ドワーフの工夫たちが血相を変えて叫んだ。

 敵の爆撃は防いだが、炎上する残骸と歪んだレールを放置すれば、熱でトラス橋そのものが破断し、海へと崩落しかねない。

 だが、燃え盛る魔導火炎の熱気は千度を超え、近づくだけで皮膚が焼け焦げるような猛烈な熱波を放っていた。

 消火器の泡も蒸発し、誰もが立ち往生した――その時であった。


「――どけええええええええっ!!」


 怒号とともに、火の粉が舞い散る橋桁の上を、濡れた麻袋を頭から被った男が突進してきた。

 アーノルドであった。

 手には、巨大な鋼鉄のツルハシと、バラスト砕石用の重いバール。

 男は火炎の熱風に眉を焦がしながら、燃え盛る枕木とレールの隙間へと、迷うことなくバールを深々と突き刺した。


 ガキンッ!!


「うおおおおおおおっ! 外れろ! 外れやがれぇぇぇっ!!」


 アーノルドの全身の筋肉がちぎれんばかりに膨れ上がった。

 手のひらの皮が焼け、作業着の袖に火の粉が燃え移る。

 だが男はツルハシの柄を渾身の力で引き絞り、歪んだレールを固定していた締結金具を一気にへし折って、燃え盛る枕木ごと海峡の海へと蹴り落とした。

 ザパァァァンッ!


「アーノルド、頭を下げて!」


 背後から響いた澄んだ声。

 駆けつけたエレナが、現場の給水ポンプのホースを両手でしっかりと構えていた。

 ジャアアアアアアッ!!

 高圧の水流が、赤熱化していたレールへと叩きつけられる。

 ジュウウウウウッ!

 立ち上る猛烈な白い水蒸気。エレナの顔にも熱湯の飛沫が跳ね、白い頬に火傷の跡が刻まれる。

 だが、かつてドレスの汚れ一つを嫌悪していた元聖女は、顔を拭うことすら忘れて叫び続けた。


「冷やして! もっと水をかけて! 鉄骨の温度を下げないと、橋が落ちちゃうわ!」

「予備のレール、持ってきましたああああっ!!」


 黒煙の向こうから、手押しトロッコを全速力で押しながら飛び込んできたのは、ガイルであった。

 両手には重い特殊合金レールが二本、そして予備のボルトが山盛りに積まれている。

 ガイルは泥と煤で真っ黒になった手でレールを路盤へと放り投げ、膝をついて水平器を当てた。


「狂いは……三ミリ! アーノルド、右のジョイントをあと五ミリ押し込んでくれ! 俺がボルトを締める!」

「応よッ!!」


 三人の息の合った、無我夢中の突貫復旧作業。

 かつて迷宮の奥底で、互いに責任を押し付け合い、仲間を裏切った者たち。

 その三人がいま、他人のため、自分たちの生きる証である一本の線路を守るために、命を投げ出して火炎と戦っていた。

 その鬼気迫る姿に、立ち竦んでいたドワーフやエルフの工夫たちも我に返った。


「野郎ども、何を見てやがる! あの三人に全部背負わせる気か!」

「消火ポンプを回せ! トラスの補強ボルトを持ってこい!」

「風の精霊よ、煙を吹き飛ばせ!」


 数十人、数百人の工夫たちが現場へと雪崩れ込んだ。

 水が注がれ、煙が払われ、鉄槌が振るわれる。

 歪んだレールが瞬く間に撤去され、新しい白銀のレールが敷き直されていく。

 カチリ、カチリ、カチリ――!

 アーノルドが最後の締結ボルトをレンチで力一杯締め上げた。


 ガシャンッ!


 二本のレールが、寸分の狂いもなく再び一本の線となって繋がった。

 火災発生から、わずか二十分。

 奇跡のような電光石火の復旧劇であった。


 プシューーーーーッ。

 煙が収まり、冷たい潮風が吹き抜ける中、迎撃号の乗降扉が開き、ハルトとアステリアが静かに降り立ってきた。

 焼け焦げた鉄の匂いと、蒸気の立ち込める路盤。

 その中央で、全身が煤と泥で真っ黒になり、作業着を火の粉で穴だらけにしたアーノルドが立っていた。

 手のひらは火傷と血豆で爛れ、肩で荒い息を吐いている。

 ハルトの足音が近づく。

 アーノルドはボロボロになったツルハシを脇に抱え、踵をビシッと打ち鳴らした。


 バシッ!!


 右手を額の横へと掲げる、直立不動の敬礼。

 その顔は煤だらけで、鼻水と涙の跡が白く筋を作っていたが、瞳には一片の曇りもない誇りが燃え盛っていた。


「――ハルト総裁!」


 アーノルドの喉が張り裂けんばかりの大声が、海峡の空に響き渡った。


「キロポスト二十二地点、レール損傷箇所の緊急復旧、完了!

 軌道狂いゼロミリ、路盤強度規定値クリア!

 迎撃号通過ダイヤグラム……定時運行、異常なしでありますッ!!」


 静寂。

 そして、ハルトはアーノルドの顔を、火傷だらけの手を、じっと見つめた。

 ハルトの表情は平坦であったが、その瞳の奥には、現場の工夫に対する最大級の敬意が宿っていた。

 ハルトはゆっくりと右手を掲げ、寸分の乱れもない敬礼を返した。


「――ご苦労様、アーノルド保線員。貴方たちの迅速な初動が、この鉄道の命を救いました」


 ハルトはアステリアを振り返った。


「アステリア副総裁。アーノルド、ガイル、エレナの三名に対し、鉄道保安功労賞の授与、ならびに懲罰債務の大幅減免を申請します」

「はい、ハルト総裁。喜んで承認いたします」


 アステリアが優しく微笑み、エレナの手をそっと握りしめた。

 エレナの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

 ガイルも、アーノルドも、唇を噛み締めながら男泣きに泣いた。

 彼らはついに、自らの手で、失われた誇りと尊厳を完全に勝ち取ったのだ。


 ポォォォォォォンッ!

 迎撃号の安全運行を祝う汽笛が鳴り響いた。

 海上のレールは再び繋がり、その行く先には、暗黒海峡の中央に眠る神話の孤島『神棄島』が、霧の向こうで青白い光を灯して待っていた。

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