第52話:対空装甲列車『迎撃号』発進
海上の単線レールの上を、時速百二十キロの猛スピードで突進してくる鈍銀の巨影――『対空装甲列車・迎撃号』。
全長八十メートル、総重量三百八十トン。
バロック工房のドワーフたちが耐熱竜鱗鋼を丹念に鍛え上げ、対空迎撃戦闘のためだけに特化させた最新鋭の装甲列車であった。
その屋根の上にズラリと配置されていたのは、鋭い四本の砲身を束ねた【八十八ミリ四連装高射魔導機関砲】が四基、計十六門。
さらに最後尾の装甲車両には、広域対空索敵アンテナと防空魔導結界発生器が、超高速で青白い閃光を放ちながら回転していた。
車内には、ドワーフの装填手たちが砲弾を抱えて整列し、熱気と機械油の匂いが充満している。
「ミュウ車掌、防空ダイヤグラム展開! 敵投下弾の落下軌道、秒速五百メートルの迎撃計算諸元を全砲塔へ同期!」
「了解ニャ! 対空迎撃レーダー、敵弾全三百二十発を完全ロックオン! 迎撃射線、オールグリーンニャ!」
運転席のハルトは、真鍮のストップウォッチのボタンを冷徹に叩いた。
その瞳には、前世で過密ダイヤの乱れを秒単位で修正し続けた司令長の、絶対の沈着が宿っていた。
「全砲塔、対空斉射――撃てッ!」
ズガガガガガガガガガッッッ!!
十六門の高射機関砲が、毎分二千発という暴力的な密度で火を噴いた。
砲口から吹き上がる真っ赤なマズルフラッシュと、空薬莢が滝のように車体側面のスリットから海へと吐き出される連続的な金属音。
上空へと撃ち上げられたのは、ハルトが考案した特殊な「時限近接信管」を組み込んだミスリル徹甲炸裂弾の濃密な弾幕であった。
上空四百メートル、重力爆弾が海上の橋梁へ到達するわずか数秒前――何千発もの砲弾が、空中で一斉に炸裂した。
ドカドカドカドカドカァァァァンッ!!
天空が真っ昼間の太陽を覆い隠すほどの巨大な白光に包まれた。
空中で連鎖爆発を起こした敵の爆弾群は、巨大な火炎の絨毯となって四散し、吹き飛んだ金属片が燃え尽きながら海面へと降り注ぐ。
投下された三百二十発の爆弾は、一発たりとも海上の橋桁へ届くことなく、すべて空中で完全消滅したのである。
「ば、馬鹿な……ッ!? 全弾、空中で撃ち落とされただと!?」
旗艦『鉄血号』の艦橋で、グスタフ少将が双眼鏡を取り落として絶叫した。
帝国の誇る重力焼夷弾の飽和爆撃が、地上を走るたった一両の列車によって、赤子の手をひねるように無力化されたのだ。
「ひるむな! 敵は線路の上しか動けん一本足の案山子だ! 高度を下げろ! 全艦、低空からの『魔導熱線斉射』で、あの銀色の箱車を鉄屑に変えろ!」
空挺戦艦二十隻が、重い浮遊魔石エンジンの唸りを響かせながら高度三百メートルまで急降下してきた。
各艦の主砲門が一斉に赤熱し、極太の魔導熱線レーザーが迎撃号へ向けて一斉に照射された。
空を焼き尽くす二十条の破壊光線。
「防空結界、最大出力!」
アステリアが凛とした声で叫び、副総裁席のコンソールに高純度魔力を流し込んだ。
キィィィィィィンッ!
迎撃号の屋根から、六角形の光の防護スクリーン――『多層偏向魔導結界』がドーム状に展開された。
照射された熱線レーザーは、直撃することなく結界の傾斜装甲に沿ってツルツルと斜めに屈折・反射され、海峡の水面へと逸らされていった。
ジュウウウウッ!
海面が激しく沸騰し、巨大な白い水蒸気の柱が天高く立ち上る。
迎撃号は傷一つ負うことなく、時速八十キロで海上のレールを滑らかに疾走し続けていた。
「……反撃します」
ハルトは冷たい眼差しで空を見上げた。
「迎撃号中央砲塔、【百五十ミリ対空電磁レールガン】、照準固定。目標、先頭の敵旗艦『鉄血号』の浮遊魔石推進機関」
「照準完了ニャ! 魔力充填率百二十パーセント、ロックオン!」
「撃ち方、始め」
ギィィィィィィン……ドパァァァァンッ!!
空気を引き裂く電磁加速の轟音。
迎撃号の屋根に据え付けられた長大なレールガンから、音速の四倍で撃ち出された超硬度ミスリル弾が、一筋の青白い雷光となって天空を貫いた。
ズドォォォォォンッ!!
旗艦『鉄血号』の船底、分厚い鋼鉄装甲を紙のように貫通した弾丸が、内部の巨大浮遊魔石炉を真芯で撃ち抜いた。
一瞬の静寂の後――。
ボッガァァァァァァァンッ!!
全長百二十メートルの巨艦が、内部からの大爆発を起こして真っ二つに裂けた。
火炎と黒煙を噴き上げながら、海峡の荒波へと真っ逆さまに墜落していく帝国旗艦。
「ひ、旗艦が……グスタフ少将が撃沈されたぁぁぁっ!?」
「化け物だ! 地上の列車が、空飛ぶ戦艦を一撃で墜としやがったぁぁっ!」
残された帝国空挺艦隊は、完全なる恐慌状態に陥った。
そこへ、迎撃号の高射機関砲が再び猛烈な弾幕を撃ち上げ、次々と敵艦の推進プロペラや主翼をへし折っていく。
二隻、三隻、五隻――空を覆っていた黒鉄の戦艦群が、炎の尾を引いて次々と海峡の海の藻屑となって沈んでいった。
「全艦、退却! 退却せよぉぉぉっ!!」
命からがら反転し、雲の彼方へと逃げ散っていく残存艦艇。
迎撃号の観測員が「追撃しますか!?」と叫んだが、ハルトは懐中時計の蓋をパチンと閉め、静かに首を横に振った。
「深追いは無用です。敵の逃走ルートを追えば、線路のない空へ誘い込まれる。私たちの任務は戦争ではなく、この橋と線路の『定時防衛』です」
ハルトは無線機のマイクを手に取り、現場の工夫たちへ向けて穏やかな声で呼びかけた。
「作業員各員へ通達。空の脅威は完全に排除されました。負傷者ゼロ、軌道設備の被害ゼロ。――定刻十二時三十分、橋梁架設工事を再開してください」
その冷静沈着なアナウンスが響き渡った瞬間――。
「うおおおおおおおおっ!!」
「勝った! 俺たちの列車が、空の化け物を全滅させたぞぉぉぉぉっ!!」
海上の足場の上で、ドワーフもエルフも人間も、全員がヘルメットを空へ放り投げて歓喜の雄叫びを上げた。
空の支配者を打ち破ったのは、大地に根ざし、鉄路を守る者たちの誇り高き力であった。




